キーパーソンは「声の大きな人」

 新人が辞めるだけでなく、教える立場のベテランまで離脱すれば、現場に蓄積されてきたノウハウの喪失は避けられない。とはいえ、テクノロジーの導入は決して簡単ではないと、鈴木氏は指摘する。

「社長がいくら積極的でも、現場のスタッフが実際に使わなければ意味がありません。システムを導入しても、現場の人たちがその意義を感じなければ、なかなか根づかないんです」

 スタディストでは、こうした現場の反応の壁を超えるため、実際に現地へ赴き、作業風景を撮影。動画からマニュアルを生成し、その場で見せることで、納得感を得てもらう工夫をしている。

「実際にその場でやって見せると、『これなら自分にもできそうだ』と感じてもらえます。現場の“声の大きな人”を納得させることができれば、組織は一気に動き出すんです」

 こうした現場に寄り添った支援があってはじめて、テクノロジーの力が真に活きてくる。

 たとえば、ある部品メーカーでは、新人の5割が1年以内に離職していた。熟練技術者が新人に技術を教えるのに1年を要し、習得も難しいうえに定着しない状況が続いていた。そこで同社は、「Teachme Biz」を活用して業務をすべて可視化し、マニュアルとして形式知化することを決断した。

 ただし、シニア層の技術者にとっては、マニュアルを一つひとつテキストで入力する作業は非常に負担が大きい。そこで「Teachme Biz」を使い、日常の作業を動画と音声で記録。その内容をシステムに取り込み、実行ボタンを押すだけで、動画マニュアルが自動で生成される仕組みを導入した。

 動画には文字起こしが付き、さらに自動翻訳機能により、外国人労働者でも母国語でマニュアルを確認できる。「Teachme Biz」の導入で、1年かけていた工程がおよそ1カ月で習得可能になった。従業員の定着率も50%から90%へと大きく改善したという。

「頭の中にしかなかった非構造的な手順を可視化できることが、何よりの強みです。こうして蓄積されたノウハウは、将来的にはチャットボットからも検索できるようになり、教育コストはさらに下がっていきます」

脱・属人化は避けられない流れに

「『Teachme Biz』はあくまで手段であり、私たちが目指すのは“人が減っても事業が回る社会”です」

 鈴木氏が掲げるのは、人口が4割減ってもGDPが上がる日本の実現だ。本当に付加価値を生む業務を見極め、マルチスキル化と再現性のある仕組みによって業務を効率化するためには、個人の熱意ではなく“仕組みそのもの”が不可欠だという。

「自動翻訳や読み上げ機能、AIによる支援など、どんどん機能は増えていますが、それは“どんな課題をどう解くか”を一つひとつ考えてきた結果です。テクノロジーは、利用者の課題に寄り添って進化しているのです」と鈴木氏は語る。

人を育てられない現場を変える…人手不足時代の技術継承を救うマニュアル革命の画像2
(画像=『Business Journal』より引用)

 最近、鈴木氏が地方でよく耳にするのは、「スキルアップに応じて給与を払いたいが、その原資がない」という経営者の悩みだ。人件費の上昇、採用競争の激化、そしてノウハウの流出。多くの企業が今、初めて“仕組みの必要性”に本格的に向き合い始めている。

 こうした中で、「Teachme Biz」のようなツールを導入する企業も着実に増えている。さらにスタディストは今年、BPO事業者(Business Process Outsourcing/業務プロセスを専門的に外部委託する事業者)をM&A(合併・買収)し、マニュアル整備にとどまらない“業務の合理化支援”にも乗り出した。

 重要なのは、「テクノロジーを導入すること」そのものではない。人口減少が進むなかで、再現性のある仕組みをどう構築し、いかに業務を回していくかという発想を、企業が本気で受け止められるかが問われている。

 現場に埋もれている知識を形式知として残す。人に頼らずに、誰もが教えられる仕組みを持つ。それは今、あらゆる企業にとって“生き残るための前提条件”になりつつある。

(寄稿=相馬留美/ジャーナリスト)