制度利用の上で注意すべき点

 利用する上では注意点もあるという。

「相続時精算課税制度にはメリットがある一方で、いくつか注意すべき点があります。 ・一度選択すると撤回できない: 相続時精算課税制度を選択すると、その贈与者からの贈与については、以後、暦年課税(年間110万円の基礎控除)に戻すことはできません。この点は非常に重要なので、慎重な検討が必要です。 ・相続時に精算される: 2,500万円の特別控除を受けた贈与財産は、贈与者が亡くなった際に相続財産に合算され、相続税の課税対象となります。贈与時に税金がかからなかったとしても、相続税がかかる可能性があることを理解しておく必要があります。 ・小規模宅地等の特例が適用できない場合がある: 居住用不動産などを贈与した場合、相続時に『小規模宅地等の特例』が適用されなくなる可能性があります。この特例は、居住用の宅地などの評価額を大幅に減額できる制度であり、適用できない場合は相続税負担が増大する可能性があるので、不動産の贈与を検討する際には特に注意が必要です。 ・不動産の生前贈与にはコストがかかる: 不動産を贈与する場合、登録免許税や不動産取得税といった税金、司法書士への報酬などの諸費用が発生します。相続の場合よりも費用がかさむケースもあるため、事前に試算することが大切です。 ・物納ができない: 相続時精算課税制度で生前贈与を受けた財産は、相続税の物納(現金に代えて相続財産で納税すること)の対象外となります。納税資金の準備も考慮しておく必要があります」

相続において“おさえておくべき知識”

 相続時精算課税制度に限らず、相続においては、知らないと損をしたり労力が増大しかねない“おさえておくべき知識”がある。

「相続時精算課税制度以外にも、相続の際に知っておくべき制度は多岐にわたります。まず、最も基本的な制度として『暦年課税制度』があります。これは、年間110万円までの贈与であれば贈与税がかからない制度で、複数年にわたり計画的に贈与を行うことで、贈与税をかけずに財産を次世代に移転できます。ただし、2024年1月1日以降の贈与については、相続開始前7年以内に行われた贈与が相続財産に加算されることになりました(段階的に延長され、最終的に2031年からは7年となる)。これまでより長期的な視点で贈与計画を立てることが重要です。

 次に、『配偶者居住権』です。これは、夫または妻が亡くなった後も、残された配偶者が住み慣れた自宅に住み続けられる権利を保護する制度です。自宅の所有権と居住権を分離することで、自宅以外の財産を他の相続人に円滑に承継させつつ、配偶者の居住を確保できます。特に自宅の評価額が高い場合に有効な選択肢となります。

 さらに、『小規模宅地等の特例』は非常に重要な制度です。これは、亡くなった方(被相続人)が居住していた宅地や、事業を行っていた宅地について、一定の要件を満たせば、その評価額を最大80%(特定居住用宅地等)または50%(特定事業用宅地等)減額できる特例です。地価が高騰している現代においては、この特例の適用があるかないかで相続税額が大きく変わるため、必ず検討すべきです。ただし、前述の通り、相続時精算課税制度で贈与した不動産には適用できない場合がある点に注意が必要です。

 このほか『生命保険金の非課税枠』と『死亡退職金の非課税枠』も活用すべき制度です。それぞれ『500万円×法定相続人の数』の金額までは相続税が非課税となります。生命保険金は、受取人を指定することで遺産分割協議の対象外とすることもでき、納税資金の確保にも有効です。

 知らないと労力が増大する可能性のある制度としては、『遺留分』が挙げられます。遺言書で特定の相続人に財産を集中させても、兄弟姉妹以外の法定相続人には最低限の相続分である『遺留分』が確保されています。遺留分を侵害する遺言を残した場合、将来的に遺留分侵害額請求が発生し、相続人同士の争いにつながる可能性があります。遺言書を作成する際には、遺留分にも配慮し、必要であれば弁護士などの専門家を交えて検討することが賢明です。

 最後に、『遺言書』の作成も強くお勧めします。適切な遺言書があれば、遺産分割をめぐるトラブルを防ぎ、被相続人の意思を明確に反映させることができます。特に複雑な家族関係や、特定の財産を特定の人物に承継させたい意向がある場合は必須と言えるでしょう。形式不備などで無効にならないよう、公正証書遺言の利用や、専門家のアドバイスを得ることが大切です。相続は、家族の未来に関わる重要なテーマです。税制は複雑であり、個々の状況によって最適な対策は異なります。安易な判断は避け、必ず専門家(税理士、弁護士、司法書士など)に相談し、ご自身の状況に合わせた最適な相続プランを立てることをお勧めします」

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=黒田尚子/ファイナンシャル・プランナー)