
何世紀にもわたり、錬金術師たちは卑金属を金などの貴金属に変える「賢者の石」を追い求めてきた。その夢は叶わなかったが、彼らの探求は現代化学の礎を築いた。そして今、スタートアップ企業「Marathon Fusion」が、太陽を燃やす力と同じ核融合エネルギーを使い、その古代の夢を実現できるかもしれないと主張し、科学界の注目を集めている。
そのアイデアは、まるでSFか疑似科学のように聞こえるかもしれない。しかし、その根底にあるのは確かな核物理学だ。核融合炉で発生する高エネルギーの中性子を水銀にぶつけて、金に変えるというのだ。
この計画について、プリンストン研究所のプラズマ物理学者であるアーメド・ディアロ博士は、「理論上は素晴らしく、私が話した誰もが興味深く、興奮している」と語る。まだ査読(専門家による審査)を経ていない論文段階ではあるが、その可能性に科学者たちが耳を傾けているのだ。
核融合炉の「おまけ」で金を錬成する仕組み
Marathon Fusionが提案する手法の核心は、実に巧妙だ。
現在開発が進む多くの核融合炉は、水素の仲間である「重水素」と「三重水素(トリチウム)」を融合させ、ヘリウムと高エネルギーの「中性子」を生み出す。この反応で莫大なエネルギーが得られるわけだが、通常、放出された中性子は、次の燃料となる三重水素を生成するために使われる。
Marathon Fusionの革新的なアイデアは、このプロセスに「水銀」を少しだけ忍び込ませることにある。具体的には、天然の水銀に約10%含まれる「水銀198」という安定した同位体に中性子を衝突させる。すると、水銀198は不安定な「水銀197」に変化し、数日かけて崩壊することで、自然界に存在するのと同じ安定した「金197」になるというわけだ。
同社のCTO(最高技術責任者)であり、元スペースXのエンジニアでもあるアダム・ルトコフスキー氏は、「エネルギー生産や燃料サイクルを犠牲にすることなく、大量の金を生成できるのが鍵だ」と語る。試算によれば、1ギガワット級の核融合発電所一つで、年間最大5000kgもの金を生み出せる可能性があるという。現在の市場価格で、実に年間5億5000万ドル(約850億円)以上もの価値になる。この収益は電力販売による収益とほぼ同等であり、核融合発電所の経済性を一気に倍増させるかもしれないのだ。