環境改修によるZEB化の追加コストはおおよそ3年で回収
新築への建て替えと比較して、環境改修するほうがコスト面で有利であることは、専門外の立場でも容易に理解しやすい。一方で、環境改修にかかる余分のコストが、どの程度で回収できるかについては懸念が残る。一般的に、環境改修に伴う投資は追加コストと捉えられがちだ。日建設計の小谷氏が次のように説明する。
「通常の改修工事での機能回復は、建築的なものであったり、設備的なものだったりしますが、環境改修ではそういう単純な機能回復に加えて、CO2削減や省エネを目的としたZEB化改修を行います。設備的には高効率の機器を入れるようにしますし、建築的には断熱効果を高めます。例えば照明については、最近の一般的なオフィスビルでは平均照度750ルクスですが、それを500ルクスに下げる。しかし、この照度はシミュレーションをしたところ、業務上支障のない範囲での設定であり、省エネを図ると同時にコストダウンも図る。イニシャルコストがやや高くても高効率な機器導入で省エネ化することにより、水光熱費のランニングコストを抑えることができ、仮にその削減分をすべてZEB化によるコストアップ分に充当した場合、概ね3年で回収できる試算となります」
ゼノベプロジェクト第一弾として、環境改修した築57年の「日建ビル1号館」(大阪市中央区)では、LED照明や空調の高効率化、断熱性向上など、汎用性の高い技術を組み合わせ、投資効率の高い環境技術から優先的に採用された。建物はそれぞれ日照条件や風向きなどの立地環境が異なるため、環境改修は個々の建物の特性に応じて最適化される必要がある。
こうした適切な投資判断と建物特性に応じた最適な改修により、同ビルは「ZEB Ready」認証を取得した。ZEB Readyとは、ZEBを見据えた先進建築物として、外皮の高断熱化及び高効率な省エネルギー設備を備えた建築物のことだ。
高まる環境コミュニケーションの重要性
ゼノベプロジェクトの大きな特長は、「環境性能の向上が不動産価値に結びつく」という視点を重視している点にある。横瀬氏は、次の3点を経済的な効果として挙げる。
「経済的な効果は3つほどあると思います。まず1つ目は、水光熱費などのランニングコストが削減できる点です。近年は、電気料金の上昇が続いていますが、今後も上昇が続くのであれば、想定以上に削減効果が期待できます。
2つ目は、賃料への影響です、従来、オーナーやデベロッパーにとっては、環境性能を高めたことを根拠に賃料を上げることが可能かどうかの判断が難しく、慎重にならざるを得ない状況があります。
しかし、日建ビル1号館の例で言えば、改修前の建物スペックでのマーケットレントと比較して、2~3割の賃料増加を見込んでいます。実際にリーシングを進める中で、テナント候補からは、『ゼノベのコンセプトに共感した』『建物のデザインに魅力を感じた』といった反応もあり、まさにこちらが伝えたい環境価値と建物価値の両立が図れているのではないかと実感しています。
3つ目は、CO2削減量そのものが経済価値を持つという点です。実際に炭素取引(排出量取引、排出権取引)を行うわけではありませんが、昨今ICP(Internal Carbon Pricing)を企業内部の評価軸の1つとして用いられるケースも増えています。今回の日建ビル1号館では、年間137トンのCO2を削減できる見込みであり、こうした効果も不動産の価値として可視化されつつあると思います。」
上場企業を中心に、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への対応など、環境への取り組みに関する情報開示の重要性が高まっている。これまで中小規模のビルで環境改修がなかなか進まなかった背景には、投資対効果の不透明さや情報の非対称性といった課題があった。しかし、環境配慮が市場の要請となりつつある現在、環境改修は不動産戦略における重要な選択肢の一つとして位置づけられるようになってきている。
日本の建築業界では、高度経済成長期に急激な都市化が進む中で、スクラップアンドビルドが主流となった。しかし、時代は大きく変化している。限られた資源の有効活用やネットゼロ社会の実現が求められるいま、持続可能な建築のあり方が再定義されつつある。
ゼノベプロジェクトには、これまで当然とされてきた開発手法に対して、新たな選択肢を提示し、既存ストックの価値を最大限に引き出す、新たな常識を築く契機となることが期待されている。
(文=横山渉/ジャーナリスト)