もしこれが実現できれば、「宇宙のエントロピーは必ず増える」という第二法則を破り、エントロピーを減少させることさえ可能となってしまいます。

このような矛盾を避けるため、ネルンストは「絶対零度には決して到達できない(不可到達原理)」という彼自身の結論を「第二法則に背けないことを示す」という背理法的に導きました。

つまりネルンストの議論の本質は、『絶対零度への到達不能性』という結論が第二法則を守るための論理的帰結であり、『第三法則』という独立した法則を意図していたわけではなかったと考えられています。

より簡単に言えば、ネルンストは「第二法則を絶対零度の世界まで押し広げたかった」わけです。

しかし結果は彼の思惑通りにはなりませんでした。

その主な要因が、のちに20世紀最大の物理学者として名を馳せる、若き日のアルベルト・アインシュタインの主張でした。

ネルンストの議論が物理学界の関心を集めていた1910年代前半、アインシュタインはすでに特殊相対性理論や光量子仮説を提唱し、その非凡な才能を示していましたが、熱力学の分野でも鋭い洞察力を発揮していました。

そしてアインシュタインによって、このネルンストの背理法的証明がそもそも物理的に現実味のない前提を置いていると指摘します。

彼の批判はおおむねこうでした。

「仮に絶対零度が本当に到達可能であったとしても、その状態は非常に不安定で、どんなに微小な乱れ(物理学的には『不可逆性』と呼ばれる現象)が存在しただけでも、その完璧な状態はすぐさま崩壊し、絶対零度ではいられなくなるだろう。」

つまり、ネルンストが証明のために持ち出した「絶対零度の環境を使った理想的なエンジン」という状況自体が、理論上でさえ完全に成立しない非現実的な仮想装置だったということです。

アインシュタインに言わせれば、物理的に現実不可能な状況を前提にして矛盾を導き出しても、それは物理法則の厳密な証明にはならない、ということでした。