驚くべき結果ではありますが、熱力学第2法則そのものが覆されたわけではありません。
鍵は残り5パーセントにありました。
大部分の試行ではほとんどエネルギーを使わずに済みましたが、わずかに起きる試行では通常以上に大きなエネルギーコスト(仕事量が自由エネルギー差を上回る場合)が発生したのです。
そのおかげで全体平均を取ると、最終的には研究者側が電力コストという仕事を支払う状況になりました。
言い換えれば、まれに訪れる「大外れ」が、頻繁に起こる「小当たり」や「棚ぼた」を帳消しにしているのです。
研究者たちも「実験では約95パーセントの試行でエネルギーの“もうけ”が得られましたが、平均すると私たちが系にエネルギーを与えています。要するに、魔法のようにエネルギーを生み出したわけではありません」と述べています。
再び(無理矢理)ゲームセンターの例でたとえるならば「95%の確立でタダでプレーできていたものの、5%の確立でお得分を帳消しにするような金額をお財布から抜き取られてしまう」となるでしょう。
なぜ『大外れ』が起きるのか?
そもそも、なぜこんな現象が起きるのでしょうか?それは実験の仕組みにあります。研究者たちは微小な「板バネ」を使って、2種類のエネルギーの谷(安定な位置)を作りました。一つは「エネルギーが低くて安定した谷」、もう一つは「エネルギーが高くてやや不安定な谷」です。普通なら、低い谷から高い谷へ板バネを動かすには外部からのエネルギー投入(つまりお金)が必要です。ところが研究チームは巧妙なトリックを使いました。板バネが自然な熱ゆらぎで「低い谷」に偶然いるタイミングを狙い、その瞬間に「高い谷」の方だけを急に引き上げるような操作をしました。ほとんどの場合、板バネは低い谷にいるため、外からエネルギーを加えることなく谷の位置が変わることで目的が達成できます。これが95%の「小当たり」や「棚ぼた」が生まれる理由です。しかし、時折起きる不運なケースでは、板バネは偶然にも高い谷にいた状態で急激な操作が行われます。板バネは突然、高いところに取り残されてしまい、必死に低い谷に向かって転がり落ちなければなりません。このとき大量のエネルギーが放出され、結局外部からエネルギーを支払う羽目になります。これが「大外れ」の仕組みなのです。今回の研究では95%で得をするというシステムを作ったものの、そのシステムゆえに5%でしっぺ返しを起こすことになるのです。そしてこの逃れられない「大外れ」こそが熱力学第2法則が用意した「帳尻を合わせる仕組み」です。つまり、この「大外れ」は単なる不運ではなく、自然の法則が私たちに課した「必要な代償」なのです。