●この記事のポイント ・外資系企業・ファンドによる日本企業のM&Aや大量株式保有の事例が増え、経済安保というキーワードが注目 ・政府と東証は、外国人投資家による日本企業への投資増大を促進してきた ・外資系企業に大量の株を取得されそうな企業が、それを回避するために経済安保という言葉を持ち出しているケースも
近年、外資系企業・ファンドによる日本企業のM&Aや大量株式保有の事例が増え、経済安保というキーワードが注目されつつある。現在、日本航空(JAL)の持ち分法適用会社で空港の電力供給などを担うエージーピー(AGP)が豪金融サービス大手マッコーリー・グループからTOB(株式公開買い付け)の提案を受けていることが注目されているが、5月には太陽ホールディングス(HD)が株主である海外投資ファンドらから株式非公開化の提案を受けていることが明らかとなっている。2月にはエレベーター大手のフジテックの株式の約30%を香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントが取得していることも判明。日本のインフラやIT、防衛などに携わる日本企業に対する外資系企業の支配力が強まると、日本の安全保障が脅かされる懸念があるという見方が広まっているのだ。2022年には経済安全保障推進法が成立するなど政府も対応の動きをみせているが、背景には何があるのか。そして、経済安保の観点から、外資系企業による日本企業の株取得には警戒を要するのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
●目次
外国人投資家による日本企業への投資増大で株価上昇
まず、外資系企業・ファンドによる日本企業のM&Aや大量株式保有が増えた背景について、元ボストンコンサルティンググループ・経営コンサルタントで百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏は次のように説明する。
「日本では長きにわたり、企業経営者が株主のほうを向いた経営をせずに、従業員向けの経営を行い、現金があれば投資に使わずに、もしもの時に従業員に給料を払えるように内部留保をため込んでキープするといったことがまかり通る時代が続き、ある意味で経営者が企業を私物化してきました。そういう経営をしている限りは日本企業の株価が上がらないということで、2010年代頃から政府や東京証券取引所が主導するかたちで『もっと社外取締役を入れましょう』『ガバナンス改革をしなければならない』『PBR1倍を超える経営をしなければならない』『そういう努力をしないと上場廃止になりますよ』と言って“改革”を進めてきました。
その結果、外国人投資家による日本企業への投資が増えてきたおかげで株価が上昇したわけですが、今度は逆に『日本企業が外資系企業に乗っ取られる』という声が強まり経済安保という言葉が注目されるようになりました。こうした過去の経緯を踏まえると、ことさらに経済安保というキーワードが盛り上がっている点については、やや違和感を感じます。
また、過去の話ではありますが、かつて日本は日産自動車が経営危機に陥った際にフランスのルノーに約6000億円もの出資をしてもらい救済してもらい(1999年)、日本を代表する銀行だった日本長期信用銀行(現・SBI新生銀行)が経営破綻して一時国有化されていたところを、米国投資ファンドのリップルウッドに買い取ってもらったことがあります(2000年)。これによって経済安保が危機に陥るという状況は生まれなかったでしょう」
個々の企業と国全体の動きは、分けて考えるべきだという。
「外資による支配というものを制限しようという話が起きていますが、国全体で起きている危機というよりは、外資系企業に大量の株を取得されそうな企業が、それを回避するために経済安保という言葉を持ち出しているケースも多いように感じます。セブン&アイ・ホールディングス(HD)がカナダのアリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けていることをめぐり、『コンビニエンスストアは日本のインフラなのだから、経済安保の観点で買収を阻止しなければならない』という議論も出ていますが、そうした考えは正しいのか、もしくは今までの経営に問題があるので買収を仕掛けられているのかというのは、意見が分かれるところでしょう。
また、今年2月に香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントが約30%の株式を保有していることが判明したエレベーター大手のフジテックは、フジテックと創業家が不適切な取引をしていたとオアシスに指摘され、2023年に創業家出身の会長が取締役会で解任されるなど経営混乱が続いていましたが、結果的に創業家の色が一掃されて株価が大幅に上昇しています。そして、香港の投資ファンドがエレベーター大手という日本のインフラを担う企業の約30%の株式を保有することになったことで、日本経済全体にとって経済安保上の危機が増したのかといえば、微妙なところでしょう。個別企業の問題にすぎないという印象を受けます」(鈴木氏)