1つの光子(それ以上分割できない光の最小単位)が2つの原子を同時に励起するなんて、一見するととても奇妙で想像しにくい現象です。

通常は光子1個がちょうど原子1個のエネルギー遷移に合致するときにその原子を励起しますし、逆に原子が落ち着くときに1個の光子を放出します。

この「1光子で1原子」というのが従来の常識でした。

実際、逆の現象である「2光子で1原子を励起」するプロセス(2光子吸収)は広く知られており、生物の細胞を観察する二光子顕微鏡など実用技術にもなっています。

しかし、量子の世界では常識では考えられない複数の過程が同時に起こりうる可能性があります。

理論的には、非常に低い確率ながら「1光子で2原子を励起」したり「2光子で1原子を励起」したりといった現象も起こり得ることが指摘されてきました。

2016年にはL.Garziano氏らによって「1光子で2原子同時励起」が可能であるという理論提案も発表されています。

とはいえ、こうした現象は自然状態ではほとんど観測できません。

そこで研究チームは「特別な状況を人工的に作れば、その確率を高めて観測できるはずだ」と考え、この不思議な量子現象の実証に挑んだのです。

研究の目的は、過去に理論予言されたこの1光子で2原子を同時励起する現象を「超伝導量子回路」にて世界で初めて実験的に確認することでした。

同時に、その過程で必要となる光子と原子の間で非常に強い結合が起きる「超強結合」を実現し、新しい量子物理の領域を開拓することも目指しました。

もしこの現象が確認できれば、量子エンタングルメントの理解を劇的に深め、量子情報分野に新たな視点を提供する大発見になります。

また、光子と原子の間の量子相関(エンタングルメント)の理解を深めることにもつながり、量子テクノロジーの新たな応用原理になる可能性があります。

こうした背景から、研究チームは人工的にエネルギーや相互作用を精密に調整できる超伝導量子回路を用いて、理論で予測されていた現象を実験的に証明しようとしたのです。

たった1粒の光が原子2つを同時に叩いた瞬間

たった1粒の光が原子2つを同時に叩いた瞬間
たった1粒の光が原子2つを同時に叩いた瞬間 / 実際に作製された人工原子(量子ビット)の顕微鏡写真です。この画像では、アルミニウムの微細な構造が巧みに作り込まれており、二つの人工原子が超伝導状態を保ちながら中央の共振器(マイクロ波が振動する装置)に接続されています。色が付いている部分は異なる段階でアルミニウムを蒸着して積層している様子を示しており、このような微細な設計により原子と光子(マイクロ波)の間の非常に強い相互作用を生み出しています。/Credit:Spectral properties of two superconducting artificial atoms coupled to a resonator in the ultrastrong coupling regime