月面着陸から宇宙でのミュージックビデオまで、いつの時代も陰謀論者たちは「人類は本当は宇宙に行っていない」と証明することに躍起になっている。そして今、彼らの新たなターゲットとなったのが、中国の宇宙ステーション「天宮(てんきゅう)」から届いた一本の映像だ。
そこに映っていたのは、テーブルの上に置かれた、ごく普通の水の入ったコップ。しかし、ここは無重力の宇宙空間のはず。この「ありえない光景」が、インターネット上で大論争を巻き起こしているという。
ネットを席巻した「ありえない光景」
映像が公開されるやいなやSNSは騒然となった。「無重力なら水は球になって浮くはずだ!」「重力の影響下で撮影されたに違いない」といった声が殺到。あるユーザーは、「時速2万8000kmで地球を周回する精密機器だらけの空間で、蓋もない水のコップをテーブルに置くなんて、正気とは思えない」と、その危険性を指摘(あるいは皮肉を込めて)した。
この騒動には、イーロン・マスク氏のAI「Grok」まで参戦。「はい、無重力では水はコップから浮き出てしまいます」と誤った情報を回答し、混乱に油を注ぐ結果となった。「嘘の海に囲まれてうんざりだ」「これは人々を目覚めさせるための、彼らなりのサインなんだ」と、陰謀論はさらに熱を帯びていく。

なぜ水はこぼれない?科学が解き明かす「本当の理由」
しかし、この現象は科学的にあっさりと説明がつく。結論から言えば、映像に映っている水の振る舞いは、無重力空間において完全に正しいものなのだ。
鍵を握るのは、水の「表面張力」と「付着力」という二つの力だ。
水分子は、お互いに引き付け合ってまとまろうとする性質(表面張力)を持っている。さらに、水はガラスのような物質の表面にくっつこうとする性質(付着力)も持つ。シカゴ大学で宇宙開発の歴史を専門とする研究者、ジョーダン・ビム氏によれば、地上では重力がこれらの力に打ち勝つため水は低い方へ流れるが、重力の影響がほぼない宇宙空間では、この二つの力が支配的になる。
その結果、水はコップの内壁に張り付くようにしてその形を保つのだ。実際、欧州宇宙機関(ESA)の宇宙飛行士が行った実験映像では、コップを傾けても水が全くこぼれない様子が確認できる。宇宙飛行士がストロー付きの袋で水分補給をするのは、むしろコップから水を飲むのが難しいからなのである。