その後、作品を高解像度スキャナーで詳細に読み取り、デジタルデータ化します。

このスキャン画像をAIに解析させることで、「絵がもともとどのような姿だったか」を予測し、完全なデジタルモデルを作成しました。

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AIによって絵画の欠損部分を予測。補完する色をシート状のマスクにプリントする / Credit:Alex Kashkin(YouTube)_Overview of Physically-Applied Digital Restoration(2025)

そして、ここからがこの研究の革新的な部分です。

AIが生成した“理想の絵”とオリジナルのスキャンを比較し、どの部分が欠損していて、どんな色で補えばよいのかをマッピング。

その情報を基に、超高精細インクジェットプリンターを使って、透明な極薄ポリマーシートに色をプリントしていきます。

このマスクは2層構造になっており、1層目に必要なカラーインク、2層目にホワイトインクを重ねて印刷することで、再現性の高い色表現を実現しています。

そして最後に、このマスクを絵画の上にピタリと重ね、ワニス(表面を保護するための透明な塗料)を薄く吹き付けて固定します。

ちなみに、このマスクもニスも既存の保存用溶剤で簡単に除去できるようになっており、オリジナルの絵には一切ダメージを与えません。

つまりこの手法は、修復しながらも“取り外し可能”な、保存倫理に適った技術だと言えます。

では、この技術を用いることでどれほど素早く絵画修復ができるのでしょうか。

作業時間66分の1!?わずか3時間半で絵画を修復することに成功

今回の技術の実証として、カチキン氏は彼が所持する15世紀の油彩画を使い、実際に修復マスクを製作・装着するまでを実施しました。

その結果、なんと5612箇所もの損傷部位を、約3時間半という圧倒的スピードで修復することに成功したのです。

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たったの3時間半で修復完了 / Credit:MIT