この地域に暮らしていた人々にとって、水は命を支えるものであると同時に、死後の世界への通路でもあったのかもしれません。

舟型の棺、上向きの櫂や杭、ウシの皮での防水――それらは「魂を運ぶための舟」を演出し、死者がこの世から来世へ旅立つ準備を整えていたのです。

逆さまの埋葬が示す「鏡の中の世界」

さらに興味深いのは、棺が逆さに埋められていたという事実です。

舟型棺は底が上になり、上部に立てられた櫂や杭だけが砂の中から突き出しています。

まるで水面の下に舟が浮かび、櫂だけが見えているかのようです。

このような「上下反転」した埋葬は、死者の世界が生者の世界を反転させた鏡像であるという思想を反映している可能性があります。

実際、同様の「逆さまの来世観」はスカンジナビアの青銅器文化、サハラの岩絵、古代エジプトの文献、アメリカ・グレートベースンの岩絵など、世界各地の文化に共通して見られるのです。

研究者は、この発見を次のように位置づけます。

「小河墓地の舟型棺とそれを取り巻く象徴体系は、単なる埋葬ではなく、死後の航海を再現した儀礼であり、水を介して生と死をつなぐ文化的表現である」

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舟を反転させた死者の世界のイメージ図/ Credit: Gino Caspari., Asian Archaeology(2025)

小河墓地は、中国西部の過酷な砂漠地帯で営まれた先史時代の葬送文化の中でも、特異な存在です。

そこには生と死、水と砂、現実と象徴、すべてが入り混じる不思議な世界観が広がっています。

舟型の棺が表すのは、単なる輸送手段ではありません。

舟は文化によって「魂の移動」「変化の通過儀礼」「別世界への橋渡し」を意味する普遍的な象徴です。

舟をひっくり返して埋めるという行為には、死者をこの世から切り離し、あちら側の世界=逆さの世界へと送り出す強い意志が込められていたのでしょう。

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参考文献

Mysterious boat burial practices on the desert’s edge: Study sheds light on ancient Xiaohe funerary rites
https://phys.org/news/2025-06-mysterious-boat-burial-edge-ancient.html