南極の荒涼とした氷の大地に、そっと立ち尽くす黒と白の影。
「コウテイペンギン(学名:Aptenodytes forsteri)」は、地球上で最も過酷な寒さの中で生きる動物の代表です。
しかし今、その姿が静かに、そして急速に消えつつあることが、英国南極観測局(BAS)による最新の衛星調査によって明らかになりました。
従来の気候モデルを超えるペースで個体数が減少しており、これまでの「最悪の予測」すら楽観的だった可能性が出てきたのです。
研究の詳細は2025年5月に学術誌『Nature Communications: Earth & Environment』に掲載されました。
目次
- 氷の帝国に迫る静かな危機
- 単なる温暖化だけではない「多重リスク」
氷の帝国に迫る静かな危機
研究チームが調査対象としたのは、南極大陸のウェッデル海やベルリングスハウゼン海を含む地域です。
ここにはコウテイペンギン全体の約3分の1が集中しています。
2009年から2023年までの15年間にわたり、彼らは高解像度の衛星画像を用いて16のコロニーの個体数を分析しました。
その結果、15年間でおよそ22%の個体数が減少していたことがわかったのです。
これは年間1.6%のペースで個体数が失われている計算になります。
これは「2009年から2018年にかけて南極全体で9.5%のコウテイペンギンが減少している」とされた以前の推定よりも速いペースでした。
しかも、その大部分が2016年以前、つまりまだ海氷の極端な減少が本格化する前の時期に起きていたというのです。

研究チームのピーター・フレットウェル氏によると、調査結果は「最も悲観的な予測と比べても、おそらく50%ほど悪い」といいます。
なぜ、まだ海氷が“十分にあった”はずの時期から、ペンギンたちは減り始めていたのでしょうか?
その答えは、海氷の「量」ではなく「質」や「安定性」、さらには他の環境ストレス要因にありました。