大学発ベンチャーの枠組みで起業
――会社を設立しようと思ったきっかけは?
大岡 ハーバードにいたときから、日本の保健医療の仕組みを使って世界最大の経時的なオミックス・IoTデータベースを作れれば、次世代の医療基盤技術を日本が総取りすることができると考えていました。しかし、そのデータベースを作り上げ、世界中の医療や健康を促進するサービスを提供できるようにするには、アカデミアだけではなくビジネスの世界に向き合い、継続的にお金を生むエコシステムを構築しなければいけません。それを実現するためには、私が今まで行ってきた研究を大規模に発展させて社会実装する「ビジネスの舞台」がなくてはならない。そう考え、帰国後すぐに株式会社Taomicsの立ち上げを行いました。
――とんとん拍子で山梨大学発ベンチャーの第5例目に認定され、先日はG-STARTUP(将来的に日本を代表する企業へ成長することが期待されるスタートアップ)の10社にも選出されました。
大岡 正直、私一人だったらここまでうまくはいかなかったと思います。ハーバードに赴任している際に、連続起業家である高頭博志との運命的な出会いがあったからこそ、Taomicsはここまでの勢いを持つことができました。高頭は、自身が立ち上げた広告アドテク企業であるMomentum社をKDDIに売却し、米国シアトルで新たな事業を立ち上げていたところでした。同じくシアトルには、私の古くからの友人であるMicrosoft本社のHealth FuturesチームのPrincipal Researcherである臼山直人氏がおり、たまたま彼が仕事の関係で高頭に出会い、私のことを高頭に紹介してくれたことが出会いのはじまりでした。そして、なんと私たち3人は、横浜にあった小さな塾に一緒に通っていた小学生からの同級生でした。小学生ぶりに偶然3人がアメリカで再会する形となり、なんだか運命や使命のようなものを感じましたね。そうして高頭に私が考えているビジョンを話したところ大変共感してもらい、そのままぜひ一緒に事業を立ち上げようという話になり、帰国後一緒にTaomicsを立ち上げました。
彼は現在も米国にいながら、弊社のファウンダーとしての役割も担ってくれています。特に事業運営や資金調達面、ビジネスモデルに関して、全く経験のない私にもしびれを切らさずいつも適切なステップを示してくれて、事業を拡大させていくうえで本当に頼りにさせてもらっています。これまでもそうですし、これからも彼の力がTaomicsには欠かせないものになると考えています。
――現在はまだ御社の健康管理システムは開発途上段階にあり、正式な製品の供給は始まっていません。実際に供給を開始できる段階になったら、どのような形での展開を想定されていますか。
大岡 米国から帰国する前の2023年から、内閣府が所管するAMEDのプロジェクトの代表者として、Taohealthというアプリケーションの開発を進めて来ました。これは既存のヘルスケアアプリとはちょっと違って、医学研究に組み込むことのできるレベルでユーザーの多種多様な健康情報を蓄積し、ユーザーは自ら蓄積した情報をAIに読み込まることで個別の健康を最適化する提案を受けることができます。これからオミックス情報を導入して、アプリ上に個人の健康状態のコピーを作り上げて制御可能にすることが最大の目標で、現在はアプリに組み込むオミックス検査キットも並行して開発しています。
正式な製品の供給化は来年以降になると思いますが、その後の展開は2通り考えています。1つは健康な人たちへの供給で、個人が自らの健康情報を容易に蓄積でき、そのデータとAIを使うことで自身の健康が勝手に最適化・最大化されるプラットフォームとしての展開を考えています。これを実現するために、現在の身体の情報を正確に再現するオミックス検査(開発中)と、日常のあらゆる健康関連情報が医療レベルで集積されるTaohealthアプリの開発を進めています。アプリ上に自身の健康情報が自動的に蓄積され、AIコーチが蓄積された全ての健康データを考慮して、自分に最適かつ実践しやすい健康提案をタイムリーにしてくれる。そんな新しい健康管理の形を、誰もが活用できる未来を目指して開発を進めています。
そして、もう一つの展開は、医療現場での治療のバイオマーカーとしての活用です。これまでの医療は、病気という概念を土台に行われてきました。しかし、元々病気という概念は人間が名付けたものであり、なんらかの検査値や症状が出ている一点の人間の健康状態にすぎません。そうではなく、人間の「健康状態の移ろい」自体をオミックスで再現して、そもそも症状が出ない形に身体を最適化していく。この人間の健康状態の変化を表現する手段が今まではなかったのですが、私たちが開発しているオミックス検査とAIモデルを組み合わせることで、現在の健康状態を正確に定義することで投薬や治療を個別最適化できる可能性があります。
ただ実際のところ、健康な人たちも病気の人たちもやるべきことは変わらず、「個人の健康状態を再現し、最適化されるように制御する」ということが全てです。そして、この最適化をする方法というのは医療だけではありません。食品やサプリ、保険や製薬など、健康に関わるあらゆる領域において、個人の健康に対する影響は最適化されるべきです。私たちのプラットフォームを用いることで、医療エビデンスに基づいて自身に最適な食品・サプリ・薬品・保険などを選べる仕組みを用意し、実社会でその活用例を提示していくことが今後のビジネス展開において重要だと考えています。
――いまでも、企業や自治体が実施している健康診断で判定がでて、ああしなさい、こうしなさいと言ってくれますが、それとは次元の違うことをお考えだということですね。
大岡 そのとおりです。現状の健康診断は、単一の検査値をもとに一律のアドバイスをする「画一的な評価」にとどまっています。しかし、人間の健康状態はもっと複雑で、日々変化するものであり、本来であれば個人ごとに最適化された評価と提案が必要です。私たちTaomicsは、その課題に正面から挑みます。オミックス検査とIoTデバイス、AIを組み合わせることで、これまで見えなかった“体質の個人差”や“微細な代謝の変化”までを可視化し、個別化医療・予防医療の基盤を作りあげます。そしてこれを実現できるのは、まさに日本だけなのです。なぜなら、国民が無料で毎年健康診断を受けられる国は基本的に世界で日本しかありません。これが約50年前から続いているわけで、日本人は毎年健診を受けることが当たり前だと思っています。この希少な保健医療システムと健康診断を受け入れる国民性を活用し、オミックス検査やTaohealthアプリを既存の健康診断に付け加える形を作ることで、日本は“世界一の先制医療(先に病気を制する医療)プラットフォーム”を提供する国家となり、真に人々の健康寿命を延ばすことができると考えています。