筆者は30代半ばでサラリーマンをやめた時から、完全に戦いから降りて生活をしている。サラリーマンの頃や、独立して駆け出しの時期は強すぎるライバルの存在に心折られることもあった。しかし、今はやめた。意識するべきは競合が何をやっているか?より、顧客ペイン(悩み)の方であると理解できたからだ。
今も仕事は続けている。日々、頭の中がいっぱいなことは、顧客のニーズを満たすことであり、ライバルの動向ではない。記事や動画は投稿するが、ライバルの作品は見ないし、そもそもまったく興味もない(別ジャンルの競合ではない記事や動画は参考にすることはよくあるが)。
筆者は「あの人(ライバル)と意見が違うようですが、そこはどうお考えですか?」と意見を求められることがあるのだが、「すいません、その人のことはよく知りません」と正直に答えている。これは嘘ではなく、本当に興味がなくてライバルのことをよく知らないのだ。
意識しているのは自分の過去作品と比べてより良いものになっているか?それから読者や視聴者のペインを解消する仕事ができているか?これだけである。
誰とも戦わない生き方でも今日まで十分満足に生きてこられたし、今後も寿命をまっとうするまではそれでいけると考えている。
望まぬ戦いに駆り出されることのない生活は楽しい。合わない人と無理に関わることもないし、ライバルの動向に気持ちがざわつくこともない。お客さんを満足させることだけを考えればいいので、常に前向きな思考で健全に仕事ができると思っている。
勝てない戦いは最大の不幸
逆に──「勝てないとわかっている戦い」に縛られ続ける人生は、地獄である。
絶対に良い結果が出せないと分かりきっていて、組織の足手まといのような存在であることを強く認識しながら毎日働くのだ。成果が出ない。存在意義も感じられない。劣等感と無力感に蝕まれ、毎日が灰色になる。
自分自身が昔、そのような立場だったのでよく分かるが、このような仕事に面白さは感じないだろう。仕事以外でもそうだ。ワクワクするはずの金曜日の夕方の時点で、すでに日曜日の夜を想像して気持ちが落ち込んでいたのだ。