北尾氏は「あと5%ぐらいは買える」と言ってますが、金融事業をしている北尾氏が直接それをするのは株価操縦とみなされないこともなく、北尾氏の金融事業という基盤に傷がつくリスクを取るのは正しいとは思えないのです。とすればダルトンによるプロキシーファイトのみが正当化されるわけで果たして勝算がどこまであるのか、その計算次第だと思います。

ではダルトンは一体フジに何をどこまで求めているのか、ここが今一つわからないのです。フジそのものの体質改善なのか、業績のテコ入れなのか、はたまたメディア改革でしょうか?フジの体質改善については清水氏を除き、総入れ替えになっているし、同社も体質改善の具体案の発表はしています。

業績のテコ入れとなればメディアの事業環境への挑戦になりますが、日本は地上波無料放送という社会であり、北米とは全く相違しています。私は日本の地上波放送はほとんど見ないし、どの放送局も似たような番組を似たような時間に押し付けてくることに辟易としているのですが、影響力は大きく、そこに広告主との蜜月の関係があり、総務省もそれを簡単に変える気がないという強固な構造問題が立ちはだかります。よって業績の根本的な立て直しはたやすくないとみています。故に不動産事業がないと困るというのがフジの言い分かもしれません。ダルトンが不動産事業を切り離したい意向を持っていることは個人的には賛成ですが、いばらの道であることもこれまた事実なのであります。

私はメディア業界が既に戦国時代に突入しており、世論や人々の興味が変化する中でオールド メディアの地上波放送がどう対応できるか、真綿で首を絞められている状態から何時覚醒するかだろうと思っています。最近ネットフリックスで新幹線大爆破の映画を見たのですが、こんなレベルのものをポンポン作られてしまうとエンタメに限って言えば、テレビを見る価値は半減します。またフジの往年の大ヒット「101回目のプロポーズ」も今なら海外版でネフリで見られるのです。Youtubeもレベルが高いものが増え、テレビを見る世代は確実に上の年齢になってくるでしょう。その変化にフジがどう対峙できるのか、それ次第だと思いますが安定株主は変わりたくないと思っているのかもしれません。