こうした発見により、空間と時間はそれ自体がダイナミックに振る舞うものだと分かりましたが、それでも「空間が存在すること」自体は疑われてはいませんでした。

私たちの直感では、宇宙に何があろうと空間そのものは単なる器としてあり続け、時間もただただ刻々と過ぎていくものです。

しかし、現代物理学の挑戦はこの直感をさらに揺さぶります。

量子力学と相対性理論という2大理論を融合させて宇宙の根本原理を解明しようとする中で、「空間」や「時間」は当たり前にあるものではなく、もっと基礎的な何かから生まれた二次的な現象(=創発現象)かもしれないという見方が浮上してきたのです。

これはいったいどういうことでしょうか?

なぜ「空間は幻想かもしれない」のか――理論物理が挑む謎

空間が根本的な実体でないとしたら、一体どうして物理学者はそんな突飛な考えに至ったのでしょうか。

その背景には、宇宙の極限状態における未解決の謎が存在します。

ひとつのヒントはブラックホールです。

ブラックホールは非常に大きな質量が極限まで凝縮された天体で、その重力のあまりの強さに一度中に入ったものは光すら出て来られません。

ブラックホール内部では時空の構造が大きく歪み、物理法則が私たちの知る形では通用しなくなってしまいます。

とりわけ不思議なのは、ブラックホールが持つ情報の量(エントロピー)が、その体積ではなく表面積に比例して増えていくという理論上の予言でした。

あたかもブラックホール内部の情報はすべて表面に貼り付けられているかのようだ――この洞察は、ヤコブ・ベッケンシュタインやイギリスの理論物理学者スティーヴン・ホーキング、オランダの物理学者ゲラルド・トフーフトなどの研究から浮かび上がり、さらにレオナルド・サスカインド氏によって「ホログラフィック原理」として理論的に整えられたのです。

サスカインド氏はその著書の中で「我々の身の回りの三次元の世界はホログラムであり、遠く離れた二次元の表面に符号化された現実のイメージなのです」と述べています。