では、この話を「恒星を覆う球殻(ダイソン球)」に当てはめるとどうなるか。
理屈の上では、やはり中心の恒星からの引力バランスが少しでも崩れると、その崩れを取り戻す力が働かず、どこかで衝突か完全な漂流を起こすのではないか――そんな不安定説が長らく定説でした。
しかし、現実の宇宙に目を向けると、恒星が二つ以上ペアを組んでいる「連星系」は決して珍しくありません。
さらに惑星や衛星が複雑に絡み合う多体系も数多く存在します。
実は、重力源が一つしかない二体問題では、中心からわずかにずれたときに元へ引き戻す力が働かず、やがて衝突か漂流に至るケースが多いのですが、複数の重力源が同時に引っ張り合うと、お互いの重力井戸(ポテンシャル)が干渉し合う「場」が生まれます。
その場のなかには、少し動いても反対側の引力や回転力によって元に戻されるという“安定点”が出現する可能性があるのです。
いわば、綱引きを想像してみてください。
片側だけの綱引きでは引き戻してくれる役がいませんが、複数方向から綱を引かれると、うまくバランスを保てる場所が生まれることがある――それに近いイメージです。
こうした視点から考えると、「もし中心が一つとは限らない状況なら、ダイソン球やリング構造が意外な安定性を示す余地があるのではないか?」という疑問は、近年になって再び注目を集め始めたのです。
実は、このような制限三体問題の視点からリングや球殻を考えてみると、昔からちょっとした“余地”を指摘する声はありました。
SF作家ラリー・ニーヴンの『リングワールド』や、他の作家が描く“二つの星をまたぐ大規模構造物”といった物語でも、連星系下での巨大環や人工天体がちらっと語られることがあります。
また、19世紀にはラプラスが土星の環について色々と調べたり、ウィリアム・ハーシェルが環の形状安定に関する仮説を示唆したという歴史的エピソードも残っています。