つまり、エピジェネティックな変化は環境への素早い適応策である可能性も否定できないのです。
また、サンプルサイズの限界や、すべての家族が同じ条件で育ったわけではないことを考えると、結果の再現性については今後の研究での検証が不可欠となるでしょう。
比較的少人数の難民コミュニティを対象に行われた本研究は、「大きな謎に挑むための第一歩」という位置づけと見るのが妥当かもしれません。
実際、研究者の中には今回の発見を歓迎しつつも、口腔粘膜以外の組織でも同様の変化が起きるのかや、子孫に及ぶメチル化パターンがどれほどの期間持続するのかなど、多くの疑問点を指摘する声があります。
それでも、本研究が投げかけた問いの重みは小さくありません。
ホロコーストやルワンダ虐殺の事例と照らし合わせても、人間の体は「心が受けた傷」をただの記憶として残すだけではなく、遺伝子レベルの書き込みとして保持している可能性が改めて浮上してきたからです。
私たちがストレスやトラウマと呼ぶものの本質に、まだ未知の領域が広がっていることを示す――そこにこそ、この研究の最大の意義があります。
次に何が起きるのか、私たちの遺伝情報がどのように“環境”と対話しているのかは、これからのさらなる調査と検証が明らかにしていくでしょう。
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元論文
Epigenetic signatures of intergenerational exposure to violence in three generations of Syrian refugees
https://doi.org/10.1038/s41598-025-89818-z
Leukocyte Methylomic Imprints of Exposure to the Genocide against the Tutsi in Rwanda: a Pilot Epigenome-Wide Analysis
https://doi.org/10.2217/epi-2021-0310