トランプ再選をもたらしたアメリカ社会の荒廃
合理的な根拠が何もないトランプ関税だが、その気持ちはわかる。彼のブレーンといわれるオレン・キャスの報告書は、こう述べている:
アメリカ経済はグローバリズムと株主第一主義の影響で、労働者階級の生活が悪化している。経済成長は続いているが、その恩恵が特定の層(上位1/5)に集中し、多くの国民の所得は減っている(図2)。
図2
中年の白人男性が麻薬やアルコールに溺れて自殺率が上がり、平均寿命が縮まっている。この原因は製造業の職を失ったことが大きい(図3)。
図3
こういう現象はNAFTA(北米自由貿易協定)ができて中国が世界市場に参加した1990年代から始まり、最近とくに激化している。その原因は貿易赤字だ――というのがトランプの認識である。
サプライチェーンは世界を一体化したこれはクルーグマンも指摘するように初歩的な誤りで、アメリカの製造業は今ではほとんどアメリカ国内で生産していない。iPhoneだけでなく、NVIDIAの半導体もアメリカで設計して台湾で製造するが、台湾には32%の関税がかかる。国内の雇用を守るために製造業を復活させようという目的は悪くないが、その手段として関税は逆効果なのだ。
同じ問題は、実は日本も抱えている。2010年代に起こった産業空洞化で、製造業はアジアに直接投資したので、国内の雇用は失われ、実質賃金が下がった。これが停滞の原因だが、安倍政権はそれを「デフレ」と取り違えて日銀がチープマネーをばらまいたが、それは海外投資され、空振りに終わった。
これを「中国から安い輸入品が入ってくるから関税を上げろ」と主張した日本人はいない。日本が自由貿易体制の最大の受益者であることを知っていたからだ。80年代のレーガン政権でも、関税の引き上げはしなかった。それが報復関税を招いて泥沼になることを知っていたからだ。