今回の研究は、私たちの周囲でごく当たり前に起きているはずの水滴の分裂が、意外にも強力な化学反応のエネルギー源になりうることを示唆しています。

これまで、初期地球の大気中にあった無機分子がアミノ酸や核酸塩基といった「生命の材料」へと変化するには、巨大なエネルギー源(雷など)が必須だと考えられてきました。

しかし実際には、稲妻のような派手な放電はそれほど頻繁には起こりません。

マイクロ放電という小さな現象が、むしろ滝や波しぶき、あるいは雨や霧など、日常レベルで至るところに存在する水滴の衝突を通じて大気中の分子をイオン化し、炭素と窒素の結合をつくり出していた可能性が浮かび上がるのです。

水しぶきが飛び散る現場は地球規模で数えきれないほどあり、雷のように一瞬で高エネルギーを放つ現象より、はるかに広範囲かつ頻度も高いといえます。

つまり、マイクロライトニングが雷放電と同様の化学進化を引き起こしていたとすれば、その総量で見ると稲妻よりも大きな貢献をしたかもしれません。

さらに、水滴同士や水と空気との接触は初期地球だけでなく、いまの地球環境や他の惑星でも普遍的に起こりうるため、生命の起源だけでなく広範な化学反応プロセスの解明に役立ちそうです。

今回の結果からは、生命誕生のシナリオとして従来の「雷がなければ有機物生成は難しい」という仮説を補完する新しい視点が得られます。

自然界にあふれる無数の水滴が合体・分裂をくり返していたとすれば、そのたびに小さな“雷”が発生し、有機分子が合成されていた可能性があるのです。

もちろん、生命を形づくる全プロセスを説明するには、海底の熱水噴出口や隕石衝突など、他の要因も検討する必要があります。

しかし、マイクロ放電という身近な現象がもたらす高エネルギー反応が、地球規模でじわじわと連続的に働いていたと考えると、「どのようにして初期の地球に有機物が広がったのか」という長年の謎に新しい答えの候補を与えてくれるでしょう。