ただし、これまでの直接変換に挑んだ研究では、変換効率や細胞の成熟度にばらつきが目立ち、実用レベルで大量のニューロンを得るには未解決の課題が多いのも事実でした。
そこで今回研究者たちは、運動ニューロンの生成を担う複数の転写因子に着目し、その発現バランスや“細胞がどのタイミングで分裂するか”といった増殖履歴まで合わせて制御し、皮膚細胞を効率的かつ大量にニューロンへ直接変換する新手法を試みたのです。
調査に当たってはまず、皮膚の線維芽細胞に「運動ニューロンになるためのスイッチ」をまとめて組み込み、一気に“別モノの細胞”へ変えてしまおうという仕組みづくりが行われました。
具体的には、ベクター(遺伝子の運び屋)を使って複数の転写因子を一度に導入し、それだけでなく「いつ細胞に入れるか」「どの順番で並べるか」など、細かなタイミングと組み合わせを工夫しました。
なかでもユニークなのが、細胞が“ハイパー増殖”という短い時間で一気に分裂する状態をわざと利用した点です。
普通は細胞分裂が盛んなほど、入れたタンパク質(転写因子)が薄まってしまうように思うかもしれません。
ところが、増殖が活発な時期は細胞のDNA(染色体)が“開きやすく”なり、それだけ転写因子が働きやすいという現象がわかりました。
いわば「ドアが開いているうちに、神経に必要なスイッチを一気に入れてしまう」イメージです。
その結果、もともと皮膚だった細胞が一気に運動ニューロンの遺伝子プログラムへ切り替わるのです。
さらに、マウスだけでなくヒト成人の皮膚細胞でも同様のアプローチを試みた結果、幹細胞を介さずにニューロンへの変換を確認することに成功しています。
幹細胞をはさまないことで腫瘍化のリスクを相対的に抑えられると期待されるだけでなく、“細胞の年齢”をそのまま保ったままリプログラムできる可能性も示唆されており、今後の応用研究がいっそう注目されています。