■顔の認知に問題
サックス氏は患者の女性が顔認識に問題を抱えているのだと考えた。顔認識を行っているのは脳の側頭葉にある紡錘状回という領域と考えられており、その領域を損傷した患者は人の顔を認識することができなくなることが知られている。
医師たちは彼女の病気は非常に珍しい「Prosopometamorphopsia」と考えている。古代ギリシャ語のprósōpon(顔)と英語のmetamorphopsia(変視症)を合わせた言葉で、1947年に初めて報告された極めて珍しい疾患だ。この疾患はてんかんや脳の障害によるもので、通常は一時的に起こるものだという。
患者には症状に関する心理教育が行われ、抗てんかん薬の一種であるバルプロ酸ナトリウムが毎日投与された。薬は非常に効果的で、彼女は人生で初めてこの症状が起きない日を迎えることができたという。その後、睡眠時の幻聴が激しくなったため、薬はバルプロ酸ナトリウムからアセチルコリンエステラーゼ阻害薬のリバスチグミンに変更されたが、症状は非常に改善し、仕事も続けられているという。医師らはこの奇妙な症状をまとめ、2014年11月に世界でも高名な医学誌「The Lancet」に発表している。