8月24日に開始した福島処理水の海洋放出は、この20日までに3回目が完了、2.3万トン余りをトラブルなく放出した。中国による日本産水産物の全面禁輸について、日本側は先のAPECでの首脳会談および釜山での外相会談で禁輸の即時撤廃を要求したが解決に至っていない。
20日の「毎日新聞」に拠れば、22年の中国向け水産物輸出額は871億円で、489億円(56%)をホタテが占める。ホタテの生産量51.2万トンのうち中国向けは14.3万トンで、うち9.6万トンを占める殻付冷凍ホタテの約4割(約3.8トン)が中国で殻むきした後、米国に出荷されている。
筆者は9月の拙稿で、政府は、中国への禁輸撤廃要求とは別に、国内でホタテ加工を行うための設備投資や各種認証取得に向けた補助金や税優遇などによる体制整備と価格競争力の強化を進め、米国を始め韓国、台湾、カナダ、豪州など、西側のホタテ輸入国に購入の支援を仰ぐべきことを提案した。

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政府も、素人の筆者に言われるまでもなく対応を進めていたようで、宮下農水相は10月20日、ホタテの殻むきなどの加工能力強化の一環で、受刑者の刑務作業にこれを加えること、および国際基準「HACCP」を満たす刑務所外の施設に派遣することの検討を始めていると明らかにした。
ところが一転、農水相は一週間後の27日、「今般ですね、刑務作業による産品の米国やカナダ等への輸出については、これら相手国側の制度上できないということが判明をいたしました」と述べ、国内向けの出荷も、作業環境の整備や輸出向けとの分別コストの点から刑務作業の活用は難しいとした(「TBS NEWS DIG」)。
斯様に本気度が感じられないのが岸田内閣の特徴だ。刑務所内では食品基準基準を満たせないから刑務所外派遣を検討するのだし、殻むき加工の作業環境整備は、国内向けだろうが輸出用だろうが必須だ。受刑者による作業は、人手の確保とコスト対応で一石二鳥の妙手だったのではないか。
また輸出が「相手国の制度上できない」というなら、その制度がどういうもので、どうすれば例外扱いしてもらえるかを考えるのが行政府の仕事ではないのか。斯様に、農水相の言うできない理由は突っ込みどころが満載だ。そこで、筆者が調べたことおよびそれに基づく提案を以下に書く。
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先ず国内。法務省のサイトに「刑務作業のあらまし」が載っている。まず「目的」として、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせて改善更生や円滑な社会復帰を図ることや、職業的知識や技能を付与することにより、円滑な社会復帰を促進することなどを挙げる。
実施状況は、21年末時点で約3万6千人の受刑者が、全国75の刑務所、少年刑務所及び拘置所で就業していて、罰金等を納める代わりに就業する労役場留置者、および就業義務はないが申出により就業する者が、木工、印刷、洋裁、金属及び革工などの業種に、各人の適性等に応じて就業している。
作業の種類は、生産作業、社会貢献作業、職業訓練、自営作業の4種。生産作業には、①製作作業:生産に用いる原材料の全部又は一部が国の物品である作業、②提供作業:原材料の全部が契約の相手方から提供された物品である作業又は国が被収容者の労務のみを提供して行う作業、③事業部作業:原材料の全部又は一部が矯正協会刑務作業協力事業部の物品である作業の3種がある(他の3作業は省略)。
所内での作業の他に外部通勤作業として、収容生活の中で一定の要件を満たしている受刑者について、円滑な社会復帰を図る目的で、刑事施設の職員の同行なしに刑事施設の外の民間の事業所に通勤して作業に従事させたり、職業訓練を受講させたりしている。
作業収入について、国が民間企業等と作業契約を結び、受刑者の労務を提供して行った刑務作業に係る収入はすべて国庫に帰属し、21年度の刑務所作業収入は約28億円となっていて、就業者には作業報奨金として一人1月当たり約4516円が支給された。
この様に、一定の要件を充たす受刑者は外部通勤作業が可能であり、そしてそのことが円滑な社会復帰に繋がるという訳である。つまり、殻むきの基準を満たした外部施設での作業は可能なのだ。刑期を終えて、そのままホタテ加工に従事する者が出るなら、なんと好ましいことか。
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「相手先の制度」はどうなっているのだろう。米国の事情をネットで検索すると、96年にモーガン・O・レイノルズ氏が受刑者の労働について書いた「鉄格子のある工場(Factories Behind Bars)」という詳細な論文が、NCPA(National Centre for Policy Analysis)のサイトに掲載されていた。
NCPAは83年から17年まで、医療、税、社会保障、福祉、教育、環境規制などの改革をテーマに活動したNPOシンクタンクで、その刑事司法センターの所長であったレイノルズ氏は、テキサスA&M大学経済学教授やブッシュ子政権の労働省首席エコノミストなどを務めたこの分野の専門家だ。
以下に論文のポイントを紹介する。
論文は先ず、110万人(執筆時)に増えた受刑者の半数は、刑務所内の維持雑務や職業訓練プログラムなどの仕事に就いているが、多くはパートタイムで、部屋代や食費、賠償金などの収入は得られていないとし、その状況は、受刑者の4分の3が働き、その3分の2が一般市場向けの商品を生産するために民間企業や農民と契約を結んでいた19世紀の状況と対照的であると述べる。
当時、刑務所の多くが財政黒字を計上し、今より再犯率も低かった。が、遡ると刑務所製の製品との競争に関する苦情、労働囚への虐待疑惑、国民の安全に対する懸念が組み合わさって、多くの州でこれら3つ全てについて何らかの措置を講じるよう政治的圧力が高まったことにより、例えばニューヨーク州議会は1842年に受刑者への新しい技術の移転さえも禁止した。
同州議会は1887年、さらに制限的なイェーツ法を可決し、全ての労働契約と「動力機械」を使用する製造を廃止し、刑務所産業を手工芸品に限定して流通を州内のみに限った。ニュージャージー州、オハイオ州、イリノイ州も1880年代初頭に契約を廃止した。ペンシルベニア州では1883年に一連の制限法が可決され、97年までに同州の民間刑務所産業はほぼ完全に消滅した。