さらに時間を置くと、この泡が周囲に広がり、大きな塊(クラスター)へと発展していく様子が観測されました。

一見すると、ただ「上向きのビットが次々と下向きになっていく過程を眺めているだけ」のようにも思えますが、違います。

ここに量子力学特有の繊細な現象が隠れています。

たとえば、泡が形成されるためには、単にエネルギーを下げるだけでなく、境界面(ドメインウォール)を作るコストやスピン間の相互作用が微妙に影響し合う必要があります。

そして、量子の揺らぎによって特定の大きさの泡が優先的に作られたり、泡同士が衝突して別のサイズに変化したりするメカニズムが、まさにこのデータから読み取れるのです。

実験では、泡の生成と膨張が「離散的(飛び飛び)のサイズ」で起こることが確認され、複数の泡がぶつかるときの相互作用も理論と矛盾なく再現されました。

宇宙の終末「真空崩壊」を量子実験でモデル化&再現することに成功
宇宙の終末「真空崩壊」を量子実験でモデル化&再現することに成功 / 上の図は真空崩壊を再現するための実験の全プロセスを、エネルギー地形、実験手順、装置の構造、実際のスピン配置、そして時間発展の観測という多角的な視点から詳細に示しています。これにより、理論的に予測されていた泡の生成・拡大・相互作用のメカニズムが、量子アニーラ―という大規模量子デバイスを用いて、実験室スケールで実際に観測可能であることが明確に示されています。論文はこの結果を、宇宙の終末シナリオとして語られる偽の真空崩壊の理解を深めるための一歩として位置づけています。(a) エネルギーの山と谷 このパネルでは、横軸に全体の磁化(量子ビットの向きの平均)を、縦軸にシステムのエネルギーを描いています。 図には、ふたつのエネルギーの谷が見えます。ひとつは「偽の真空」と呼ばれる、見かけ上は安定しているけれど実はエネルギーが高い状態です。 もうひとつは「真の真空」といい、もっと低いエネルギーでシステムが落ち着く状態です。 (b) 実験の手順 このパネルは、実験がどのような手順で行われたかを示しています。 まず、全ての量子ビットを「上向き」に揃えて、偽の真空状態を作ります。 次に、磁場の設定を変えて、システムが新しい状態(真の真空)へと移るようにします。 そして、変化する様子を時間とともに観測し、どのように状態が変わっていくかを記録します。 (c) 量子ビットの配置 このパネルは、実験に使われた量子アニーラ―の内部構造を示しています。 装置には、合計で約5,600個の量子ビットがあり、そのうちのほとんどがリング状に並べられています。 この配置のおかげで、量子ビット同士が複雑に絡み合いながら実験が進められます。 (d) 実際のスピン状態 ここでは、実験で測定された量子ビットの状態の写真が示されています。 最初はすべての量子ビットが「上向き」で、偽の真空状態を表します。 その後、一部の量子ビットが「下向き」に変わり、小さな「泡」のような領域が現れ始めます。 時間が経つと、この泡は広がり、さらに大きな領域へと成長します。 (e) 時間とともに変わる磁化 このパネルでは、システム全体の磁化が時間とともにどのように変化したかが、カラフルなグラフで示されています。 ここからは、泡ができるタイミングや、どのサイズの泡が現れやすいかなど、細かな変化が読み取れます。つまり、ほんの小さな量子レベルでの現象が、もし実際の宇宙で起こるとすれば、星々や銀河さえも飲み込むほどの急激な変化につながる可能性があるということを、目で確認できるのです。Credit:Jaka Vodeb et al . Nature Physics (2025)