経営統合に向けた協議が破談となった日産自動車とホンダ。経営再建に向けた具体的なリストラ策を示さない日産に業を煮やしたホンダが、日産に対し子会社化を提案し、これに日産が反発したことが大きな要因となったとされているが、根底にはホンダとの経営統合によって高額な役員報酬の引き下げや役員ポスト削減が行われることを嫌がった日産の役員たちの反対があったとも指摘されている。24年3月期の有価証券報告書によると、経営危機にあるはずの日産の役員報酬総額は約29.3億円と高額であり、ホンダのそれ(約17.9億円)の約1.6倍にも上り、同期に過去最高益を達成したトヨタ自動車の約36.9億円に迫る水準。なぜ日産の役員報酬は高額なのか。また、企業にとって必要かつ高い実績と能力を持つ役員に高い報酬を支払うことは日本企業でも一般的な動きとなったが、高い報酬を支払うことで企業がデメリットを被るケースというのは、あるものなのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
2024年4〜9月期連結決算で営業利益が前年同期比90.2%減の329億円、純利益が同93.5%減の192億円になり、24年度通期の最終損益が約800億円の赤字になる見通しの日産。経営危機が叫ばれるなか、同社の役員報酬総額は高い。たとえば上級役員であるエグゼクティブ・コミッティの24年3月期の役員報酬の一部は以下のとおりとなってる。
・内田誠 取締役、代表執行役社長兼最高経営責任者:6億5700万円
・スティーブン・マー 執行役:6億7600万円
・坂本秀行 取締役、執行役副社長:1億9000万円
・中畔 邦雄 執行役副社長:1億6900万円
・星野 朝子 執行役副社長:1億6900万円
全国紙記者はいう。
「日産の役員報酬総額が高い理由としては、まず役員の数が50人以上に上るほど多いという点が大きいです。また、カルロス・ゴーン氏がトップに就いていた時代に、海外企業と比較して相対的に低いという理由で役員報酬を徐々に引き上げていった影響も残っています。日産は形式上は、公平性が担保された報酬委員会が役員の報酬を決めるという仕組みになっていますが、決定に際しては社内で強大な権限を持っていたゴーン氏の意向を強く受けていたことは否めません」
日産の役員報酬が大きく引き下げられる可能性
日産の役員報酬は会社法に従って報酬委員会が決定する。報酬の構成は複雑だ。例えば代表執行役CEOは以下のとおり。
・基本報酬(報酬構成割合26.7%)+年次賞与(26.7%)+業績連動型インセンティブ(金銭報酬)(28.0%)+譲渡制限付株式ユニット(RSU)(18.6%)
※構成割合は目標の総合達成率を100%とした場合の理論値。
基本報酬以外の3項目は変動報酬であり、それぞれ以下のように決定される。
・年次賞与
基本報酬額×役位別比率×目標の総合達成率
※評価指標ごとの割合
営業利益(20%)+売上高営業利益率(20%)+自動車事業のフリーキャッシュフロー(40%)+品質(10%)+コーポレートカルチャー(10%)
・業績連動型インセンティブ(金銭報酬)
※評価指標ごとの割合
売上高営業利益率(30%)+自動車事業のフリーキャッシュフロー(30%)+売上高(30%)+カーボンニュートラル(環境)外部評価(5%)+人権尊重(社会)外部評価(5%)
・譲渡制限付株式ユニット(RSU)
非金銭報酬等かつ非業績連動報酬であり、勤務継続等を条件として対象者ごとに予め定める数の日産の普通株式に相当するRSUを付与するもの。対象期間は3年間とし、このRSUを付与後3事業年度にわたり3分の1ずつ権利確定させ、本交付株式を支給する。
日産の役員がホンダとの経営統合に反対した背景として考えられる点について、人事・戦略コンサルタントの松本利明氏はいう。
「日産もホンダも指名委員会等設置会社であり、役員の指名は指名委員会が、役員報酬の決定は報酬委員会が行うことになっています。現在、日産の役員報酬はホンダよりも大幅に高く、これは日産は海外の大企業を含めたグローバルスタンダードをベンチマークとして、ホンダは日本企業のスタンダードを基準としているからだと考えられます。経営統合による持ち株会社設置や子会社化によって、ホンダの意向が色濃く反映されるかたちで報酬委員会が開かれれば、両社の差を埋めるために日産の役員報酬が大きく引き下げられる可能性が高いです。そうなると、日産の役員は納税面で苦労する可能性も出てきます。
また、ホンダと比較しても多い日産の役員の人数が大きく削減されて、役員ポストから外される人も数多く出てくると予想されます。以上から、日産の役員が経営統合に反対するのは不自然ではないでしょう。
ちなみに日本企業では報酬委員会は独立した組織として報酬を決定するとされていますが、日本人役員と比較して外国人役員の報酬が突出して高いケースというのは珍しくなく、実際には外国人役員は就任にあたって経営側と報酬額を交渉できるかたちになっています」