石破と野田のネオ55年体制

石破茂の本音は、オトモダチである野田佳彦が代表の間に、また自身が総理総裁の間に立憲民主党との大連立をやろうと考えている。

何故なら、野田佳彦も石破茂も同じ目標に向かう同胞だからだ。

それはズバリ、財政健全化にある。財政は健全化しなければいけないと、野田も石破も本気で信じているのだ。これまで、30年以上に渡って実現しなかった財政健全化を自らのレガシーにしようと考えている。だから、石破も野田も増税以外に眼中に無い。その意味で、両名とも国民の苦しみには全く関心がない。

現状で財務省が財政法に基づく財政健全化は、事実上不可能だ。また、管理通貨制度の日本において、財政健全化などやる必要はない。むしろ、経済活性化の政策に注力しなければならないのだが、石破も野田も、そんな国民の悲鳴には聞く耳を持っていない。だから、国民民主党の「103万の壁」の上限引き上げに抵抗する理由を財源論に置くのだ。この馬鹿げた財務省と石破と野田の茶番を見せられているのが、今の日本国民なのだ。

ここを念頭に国会における質疑を見れば、実にその中身は納得できるものだ。

また、立憲民主党がモリトモ問題を再燃させようとしているのは、予算の修正案とモリトモ問題をバーターにしているのである。

つまり、安倍元総理時代の再来だ。予算委員会の場で疑惑追及という演技を行なっているのだ。それに何の意味があるのか?という国民の疑問は、立憲民主党議員も思っている。そんなことより予算の中身について徹底的に議論した方が、よほど建設的な国会になる筈なのだ。にも関わらず、国民の貴重な時間とお金である国会審議を棒に振ろうとしている。このバカバカしい茶番劇の裏になどのような狙いがあるのだろう?

これについて、無所属の福島伸享議員の見解が、今の立憲民主党の本質を喝破していると言えるだろう。

福島議員は、現在の小選挙区併立制度の弊害を強く指摘する。例え小選挙区で落選しても比例代表になを連ねていれば当選する議員が数多くいる。それが、時々に吹く風向きによって、政党の得票数によって落選したのに当選する議員を輩出する原因になっていると指摘する。福島議員の指摘は、つまり国民を向いていない政党にばかり目を向けている無能な議員が数多く生まれているという意味にもとれるかも知れない。