さて、その「三種の神器」の進講草案要旨が、倫理学者の深作安文博士(1874年生。井上哲次郎の学統を受け水戸学を研究、国民道徳論を提唱)が「回想本」に寄せた「杉浦重剛先生の『倫理御進講草案』を読む」にこう記されている。
三種の神器及びこれと共に賜りたる天壌無窮の神勅は我国家成立の根底にして国体の淵源又実に此に存す。是れ最も先ず覚知せられざるべからざる所なり。殊に神器に託して与えられたる知仁勇三徳の教訓は、国を統べ民を治るに一日も怠るべからざる所にして真に万世不易の大道たり。故に我国歴代の天皇は、皆此の御遺訓に体して能く其の本に報い、始に反り常に皇祖の威徳を顕彰せんことを勉めさせ給えり。是れ我が皇室の連綿として無窮に栄え給う所以また皇恩の四海に洽(あまね)き所以なり。左すれば将来我国を統御し給うべき皇儲殿下は先ず能く皇祖の御遺訓に従い皇道を体し給うべきものと信ず
深作は第4学年最初に講じられた「五条の御誓文」の進講草案の要旨も「回想本」に寄せているので以下に引く。
我国は鎌倉時代以降凡そ七百年間政権武家の手に在りしに、明治天皇に至りて再び之を朝廷に収め更に御一新の政を行われんとするに当り先ず大方針を立てて天地神明に誓わせられたるもの即ち五箇条の御誓文なり。爾来世運大いに進み憲法発布となり、議会開設となり、我国旧時の面目を一新したるも、万般の施設皆御誓文の趣旨を遂行せられたるに外ならず。単に明治時代に於いて然るのみならず、大正以降に在りても政道の大本は永く御誓文に存するものというべし。故に将来殿下が国政を統べさせ給わんには、先ず能く御誓文の趣旨を了得せられて、以て明治天皇の宏謨(こうぼ)に従い之を標準として立たせ給うべきと信ず
前述の通り『倫理御進講草案』には第五学年以降の分が欠けているが、猪狩は「回想本」の「杉浦先生進講記」に「倫理進講目録」として第7学年までの題目全てを記している。それらを一覧すれば、杉浦が後閑菊野のいう「日常の色々の行い」に絡めて「帝王の学」の粋を進講していたことが想像出来よう。