特に、交尾前のジェスチャーにおいては興味深い事実が判明しています。
過去の研究では、チンパンジーの雄が「こっそり」交尾を行う現場が観察されてきました。
たとえば、ジェーン・グドール(Jane Goodall)やフランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal)の報告には、下位の雄がアルファ雄の目を盗んでメスと交尾するケースが記録されています。
これはしばしば「隠密交尾(sneaky mating)」とも呼ばれる行動であり、グループの優位な雄が交尾機会を独占するため、下位の雄は目立たないようにメスから離れた場所へ移動したり、静かな合図を使って交尾を試みたりします。
さらに、メスも交尾時に「copulation calls」を抑え、周囲にばれないように協力する行動が報告されています。
人間もチンパンジーも、秘密裏に交尾を行う傾向があるのです。
こうしたチンパンジーの多様なコミュニケーション手段――特にジェスチャーや声――は、生まれつきの本能だけでなく、仲間同士の「社会的学習」を通じて身につけられることが指摘されています。
一方、今回の研究では、雄が交尾を誘う際に使うジェスチャーが複数のコミュニティにまたがって幅広く調査されました。
調査では、31頭のオス(12歳以上)を対象に、交尾勧誘ジェスチャーを「いつ」「どのように」行ったかが詳細に記録されました。
最終的に、計495回の交尾勧誘ジェスチャー(copulation solicitation gesture)が観察されました。
そのうち、交尾勧誘に明確に関わるイベントは454回にのぼります。
また、観察対象となったジェスチャーはすべて「物体を使って音を鳴らす」という共通点があり、以下の4種類に分類されました。
枝揺らし(ブランチ・シェイク:Branch shake):枝を揺らして音を立て、メスの注意を引きます。
かかと落し(ヒール・キック:Heel-kick):かかとで地面や木の幹を叩いて、コンコンと音を出します。