このように御家人株を購入するためには武士にコネや伝手が必要であり、それゆえ先述したように御家人株の購入者は武士の関係者が多かったのでした。
一方で御家人株の売買はトラブルも多かったです。
例えばある御家人は優秀な家来に御家人株を買い与え武士にしていたものの、払う予定となっている金額を巡ってトラブルになり、さらにその御家人はトラブルを解消する前に亡くなってしまいました。
これにより不足分の金額の請求は元家来に来たものの、元家来は支払いを拒否し、遂には殺害されてしまいます。
御家人株の金銭トラブルが殺害事件に発展し、当時の売買制度の不透明さと危うさを如実に物語っているのです。
このようなエピソードの背後には、金銭と社会的地位が密接に絡む江戸社会の現実が見えます。
御家人株を売った元武士は町人になった
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それでは御家人株を売った元武士はどのような生活を送っていたのでしょうか?
先述したように御家人株には非常に高い価値があるということもあり、元武士は御家人株を売ったことにより多くの金銭を手に入れることができました。
例えばある怠け者の御家人は、あまりにも仕事がしたくないという理由で御家人株を売却し、自らは隠居としてぶらぶらして生活していたのです。
またある武士は放蕩で身を持ち崩して御家人株を売り、とび職人へと身を転じました。
さらに、特殊なケースとして、遊女と恋に落ちた武士が、御家人株を売り払い町人となって夫婦となった例があります。
しかし、町人として裏長屋に住まいを構えたその生活は貧窮と隣り合わせであり、妻の両親が同居を頼み込むや否や、生活は坂を転げ落ちるように困窮していったのです。
そして、遂には妻の浮気を疑い、せっかく身分を捨ててまで結婚した妻を惨殺するという悲劇を引き起こしました。
江戸の裏路地には、このようなかつての御家人たちの影が幾重にも重なっています。