私たちヒトは数千万年前、霊長類の祖先から分岐する過程で「耳を自在に動かす能力」をほぼ失ったと考えられています。

イヌやネコが物音に反応して耳をピクッと動かす様子とは対照的に、多くの人にとって耳は、コーヒーカップの取っ手のように「ついてはいるけれど器用には動かせない」存在です。

実際、「耳が少し動く」という人は人口の10~20%ほどで、ほとんどの人にとって耳介筋は“時代遅れ”の痕跡器官と見なされてきました。

ところが、ドイツのザールラント大学や補聴器メーカーWS Audiology、アメリカのミズーリ大学(Mizzou)の研究グループが発表した一連の研究によると、私たちの耳に付着する“退化したはずの筋肉”は、実は「一生懸命に聞こう」とするときに活発に動いていることがわかりました。

この筋肉は脳神経学的な意味で“神経の化石”とも呼ばれ、外耳(耳介)を動かす役割があった名残だと考えられています。

研究内容の詳細は2025年1月30日に『Frontiers in Neuroscience』にて公開されました。

目次

  • 耳を動かす筋肉は本当に「役立たず」なのか?
  • 一生懸命に聞こうとすると、脳は「耳を動かす回路」を使っている?

耳を動かす筋肉は本当に「役立たず」なのか?

哺乳類の多くは、音源の方向に耳介を向けることで、効率よく音を捉えられます。

一方、ヒトの耳介は頭蓋骨に固定されており、大半の人が自力で耳を動かすことはできません。

このため、耳介を動かすための筋肉(耳介筋)は「退化した」「時代遅れ」と見なされてきました。

しかし研究グループは、「耳介を引っ張る筋肉は弱まっているかもしれないが、神経回路がいまだ残存しており、私たちが音に集中すると反射的に収縮している」と報告しています。

研究では、正常な聴力を持つ若年成人約20名を対象に、さまざまな難易度の聴取課題を課しました。

具体的には、女性の声で朗読されたオーディオブックをメインに聞いてもらいながら、邪魔になるポッドキャストや別の音声クリップを同時に再生するというものです。