聖書とシュメールの記述の相違

 旧約聖書の創世記では、ノアの方舟は「箱」のように記述されている。直線的な側面を持ち、船首や竜骨がない長方形の構造だ。この点について、歴史家は「方舟」という言葉の由来に注目している。ヘブライ語で「箱舟(方舟)(テバ)」は「箱」や「容器」を意味し、これはヘブライ人が海洋民族ではなく、船舶や航海技術に関する知識が乏しかったことを反映している可能性がある。

 一方、メソポタミアのシュメール神話における洪水伝説では、方舟は「立方体」として描かれている。シュメール人やその後継者たちは造船技術に優れ、多くの都市が海に面していたにもかかわらず、彼らの記述する方舟が「箱」や「立方体」であることは不可解である。シュメールの港には巨大な船が停泊していた記録もあるため、航行に適さない形の方舟を設計したとは考えにくい。

 旧約聖書では、ノアの方舟について以下のように記述されている。

「あなたのためにゴフェルの木で方舟を作り、内部と外部をタールで覆いなさい。その長さは300キュビト(約162メートル)、幅は50キュビト(約27メートル)、高さは30キュビト(約16メートル)である。方舟には窓を設け、1キュビトの幅で仕上げ、側面に扉を作り、下・中・上の三階建てにせよ」(創世記 6:14-16)

 この記述によれば、ノアの方舟は長方形の「箱」であり、竜骨や船首を持たないため、嵐の中では容易に翻弄され、大破する可能性が高かったと考えられる。

「ノアの方舟の謎」古代文献に描かれた不思議な形状、ただの“浮かぶ箱”だった?
(画像=画像は「The Ancient Code」より,『TOCANA』より 引用)

ノアの方舟は「船」だったのか?  もし旧約聖書の記述が正しければ、この「箱」は嵐の海で激しく揺さぶられ、乗員や動物たちは大きな危険に晒されたはずである。そのため、一部の研究者は、当時のヘブライの記録者たちが「箱」という表現を選んだのは、海洋民族でなかったために船を正確に記述する言葉を持たなかったからではないかと考えている。

 さらに、方舟が作られたとされる「ゴフェルの木」についても謎が残る。この木の名称は他の古代文献には見られず、シュメール語やアッカド語にも対応する言葉が存在しないため、実際にどのような材料で作られたのかは不明である。一部の研究者は、「ゴフェルの木」とは特殊な防水加工を施した木材や、木材以外の未知の素材を指していた可能性を指摘している。