しかしそうしたやり過ぎが脳の誤作動を引き起こしてしまうというのです。
では、いったん脳が「誤作動モード」に入ってしまったとき、どのような治療があるのでしょうか。
代表的な手段としては、「ボツリヌス毒注射」により過剰に緊張した筋肉を一時的に緩め、正常な動作パターンを再学習する猶予を作る方法があります。
ただし、注射後に筋力が落ちてしまうケースもあるため、注入部位や量の選定は簡単ではありません。
そのため最近は、感覚運動の再教育を重視した「リハビリ」が注目されるようになりました。
具体的には、故障しやすい指を固定してあえてその指だけに意識を向ける練習をしたり、超スローテンポで演奏動作を丁寧に組み直したりする手法があります。
これは脳の可塑性を利用し、誤って形成されてしまった運動回路を修正するアプローチです。
さらに、脳に微弱な電流を流して神経活動を調整する経頭蓋直流刺激なども試験的に行われています。
一方、予防策という観点では「練習しすぎに気をつける」、「こまめに休憩を取り、フォームを確認しながら演奏する」、「ストレッチやメンタルケアを怠らない」といった取り組みが推奨されています。
ミュージシャンズジストニアは、演奏家にとっては手の裏切りともいえる現象です。
アマチュアや趣味の奏者にも起こりうる以上、「自分には関係ない」とは言い切れない問題なのです。
そして、その根底には私たち全員が備えている脳の「可塑性」という能力があります。
長年の反復練習で築き上げた高精度の演奏回路が、ある瞬間を境に誤作動を起こしはじめる背後にあるメカニズムは、脳の最適化が行き過ぎてしまうことにほかなりません。
脳科学の進展により、この奇妙な障害のメカニズムは少しずつ解明され、治療や予防の道筋も整いつつあります。
将来的には、遺伝子レベルでの治療法や、再生医療などの新しい技術が開発され、この病気に苦しむ音楽家たちが、再び安心して演奏できる日が来るかもしれません。