文化シヤッターが日本IBMに委託した、販売管理システムの開発が頓挫したことをめぐり、文化シヤッターが日本IBMに損害賠償を求めて提訴した係争について、今月、日本IBMに損害賠償金約20億円の支払いを命じる判決が確定した。米国セールスフォースのクラウドサービス「Salesforce1 Platform」を基盤とするシステムの開発だが、この事案を詳細に報じてきた「日経クロステック」(日経BP社)によれば、当初はシステムの80%に標準部品を使用し、セールスフォースのPaaS用プログラミング言語である「Apex」や「Visualforce」を使ったカスタム開発を20%とする予定だったが、カスタム開発の割合が9割以上となり、年3回行われるSalesforce1 Platformのバージョンアップへの対応が困難になる見通しとなり、日本IBMは追加費用が21億5000万円かかる追加開発を提案したという。一般的にクラウドサービスは開発コストの低さと開発期間が短い点がメリットとされるが、なぜこのようなケースが起きるのか。また、システムの開発プロジェクトは発注者とシステム開発会社(ベンダ)がそれぞれプロジェクトマネージャーを立てて、要件定義・設計から構築・テストまで協力して進められるが、なぜ裁判では日本IBM側が大きな責任を認められ、多額の損害賠償を負うこととなったのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
システム開発の混乱や遅延、システム障害が原因で社会に大きな影響をおよぼすケースはしばしば起こる。昨年4月に発生したシステム障害が原因で、江崎グリコのほぼすべてのチルド食品(冷蔵食品)が2カ月以上にわたり出荷停止になった事案は記憶に新しい。トラブルが発注企業とベンダの訴訟に発展するケースもある。
NTT東日本が旭川医科大学に契約を解除されたため開発費用を受け取れなかったとして旭川医大に損害賠償を求めて提訴し、2017年、札幌高裁が旭川医大に100%の責任があるとして約14億1500万円を支払うように命じた(旭川医大は判決を不服として最高裁に上告したが、受理されず)。旭川医大がNTT東日本に対して再三にわたり追加開発を要求したことがプロジェクトの遅延と頓挫の原因となったとされる。
野村ホールディングス(HD)と証券子会社・野村證券は10年、社内業務にパッケージソフトを導入するシステム開発業務を日本IBMに委託したが、作業が大幅に遅延したことから野村は開発を中止すると判断し、13年にIBMに契約解除を伝達。そして同年には野村がIBMを相手取り損害賠償を求めて提訴した一方、IBMも野村に未払い分の報酬が存在するとして約5億6000万円を請求する訴訟を起こし、控訴審判決で野村は約1億1000万円の支払いが命じられた。
テルモは物流管理システム刷新プロジェクトが中止となり、14年に委託先ベンダのアクセンチュアを相手取り38億円の損害賠償を求めて提訴。また、12年に基幹系システムの全面刷新を中止した特許庁は、開発委託先の東芝ソリューション(現・東芝デジタルソリューションズ)とアクセンチュアから開発費と利子あわせて約56億円の返納金の支払いを受けることで合意している。
現場の強い要求を抑えきれない
そして今回表面化したのが、文化シヤッターと日本IBMの係争だ。一般的にシステム開発プロジェクトでは、発注者であるユーザ企業とベンダが要件定義・設計フェーズにおいて、開発するシステムの仕様を決定し、開発状況を確認しながら進捗していくが、なぜ当初想定したものと大きく異なるシステムがつくられるという事態が生じるのか。データアナリストで鶴見教育工学研究所の田中健太氏はいう。
「基本的にはセールスフォースのようなクラウドを使うと開発効率が向上し、実際にそのメリットが大きく発揮されるケースは多いです。今回の文化シヤッターの件では、同社の現場が従来のシステム画面と同様にすることに強くこだわったためカスタム開発の部分が増えてしまったということですが、要件定義や設計が終わった後でも、現場からの強い要請を受けて仕様を変えたり、要件定義の段階でシステム部門が各部門の現場の要望を十分に取り込めておらず後になって反対を受けたり、現場の強い要求を抑えきれずに大きなカスタマイズが発生するといったことは、よくあるケースです」