オーストリアの政治状況は、欧州各国の首脳たちにも不安を与えている。ドイツのショルツ首相やフランスのマクロン大統領は右派の台頭を警告し、スペインのサンチェス首相は右派の勢力拡大に対する外交的攻勢を表明しているほどた。EU加盟国の中には国内に極右政党を抱え、その台頭に怯えていることもあって、オーストリアの政情は他人事ではない。ドイツには「ドイツのための選択肢」(AfD)、フランスにはマリーヌ・ル・ペン氏が率いる「国民連合」が躍進してきている。キックル問題はオーストリアの問題であると同時に、加盟国の国内問題にも直接的、間接的に影響を与えてきているのだ。

オーストリアの事例は深刻だ。国民党はこれまで自由党との連立はあり得ないと選挙戦でも表明してきた。その防波堤とされる政治的壁がいかに脆弱であるか、排除戦略がいかに崩れやすいかを示したからだ。国民党は現在、自由党と連立交渉に乗り出しているのだ。あれほど批判してきたキックル党首を首相にしようとしているのだ。同じことが、例えば、ドイツでは「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)がドイツの極右党「ドイツのための選択肢」(AfD)と連立しないとこれまで機会ある度に表明しているが、選挙後CDU/CSUがAfDと連立を組むのではないか、といった悪夢がチラつくわけだ。ドイツでは2月23日、連邦議会選挙が実施される。

「キックルとヨーロッパの破壊」を書いた週刊誌「プロフィール」の副編集長ロベルト・トライヒラー氏は「キックルはオーストリアをEUから脱退させるつもりはないが、ブリュッセルから権限を取り戻し、国家に返還することを重視している」という。キックル党首は欧州裁判所や欧州人権裁判所の強い批判者だ。その背景には、「法律は政治に従うべきであり、その逆ではない」という信念があるからだという(オーストリア国営放送のヴェブサイトから)。

E欧州議会で昨年7月8日、ハンガリーのオルバン首相、チェコのアンドレイ・バビシュ前首相(ANO2011党首)、そしてオーストリアのキックル自由党党首らが主導した新たな右翼会派「欧州の愛国者」(Patriots for Europe)が発足した。12加盟国、13政党が参加し、所属議員は84人で、欧州議会では3番目に大きな会派だ。同会派のマニフェストによると、移民拒否、グリーンディールへの反対、ウクライナ支援の不支持、欧州統合の解体が掲げられている。ちなみに、昨年9月29に実施された国民議会選でキックル党首のスローガンは「オーストリアの要塞化」だった。