東京都内の人気蕎麦店で男性店員が男女の二人連れ客に激高し「トイレ来いよ」と言い、トイレの前で女性客に向かって「中に入れ」などと暴言をはく様子を収めた動画が拡散され、議論を呼んでいる。動画は当事者である男性客が携帯電話で撮影したものと思われる。ここ最近、店員・客の一方が激高するトラブルが話題になるケースが目立つが、背景に何があるのか。業界関係者の見解を交えて追ってみたい。

 今回の騒動は、インターネット上に投稿された動画が発端。商業ビル内の蕎麦店で二人連れ客が座るテーブルで客と男性店員が口論となり、男性客が「暴行罪だよ」と言い席を立ち帰ろうとすると、店員は客の前を歩きながら「なんで暴行罪なんだよ。バカじゃねえの? トイレ来いよ」と発言。店の入口を出ると店員はすぐ横にあるトイレの前に立ち、扉のほうを指しながら女性客に向かって「中に入れ」と言い放ち、女性客は「もういいよ。行こう。相手する必要ない」と言いながらその場を立ち去るも、男性店員は後を追ってきて「なんだよ、暴行罪ってよ。それやったら何だってんだよ」と発言。結局、男性店員は踵を返して店舗の入口に戻ると再び客のほうに顔を向け、もう一人の店員は客のほうに頭を下げ謝罪する仕草を見せている。原因や問題発生当時の状況を確かめるべく、Business Journalは当該店舗に日を分けて何度か電話をかけたが、「この電話は迷惑電話防止のため録音されます」という自動音声だけが流れ、応答はなかった。

 店の店員が客に怒る様子を収めた動画が話題になることは増えつつある。今月には、東京・港区にある高級寿司店「南麻布 鮨よし田」を利用した女性客が、店主に殴られそうになったと主張する投稿をX(旧Twitter)上にポスト。女性客が店主にあることをお願いしたところ口論となり、店主が激高したといい、怒った表情で女性客に向かって身を乗り出す店主を他の店員が身を挺して必死で引き留める様子を収めた写真もポストされている。22日付「NEWSポストセブン」記事によれば、同店の店主である吉田安孝氏は憔悴した様子だといい、吉田氏は「ポストセブン」の取材に対し「弁護士さんと話しているので……」と話している。

 外食チェーン関係者はいう。

「今はどの業界でも人手不足だが、特にコロナによる売上減で大幅に人員を削減した外食業界や小売業界では、離れたアルバイト・パート店員の戻りが鈍く、人手不足が顕著。そのため、店員の採用時に選考基準が緩くなり、これまでだと採用を見送っていたレベルの人材も採るケースも出ている。普段よく飲食店やコンビニエンスストアなどを利用する人のなかには『最近“え?”と違和感を覚える接客態度の店員が増えた』と感じる人もいるかもしれないが、その直感はあながちズレているとはいえない。『人材を選べる状況ではない』という店舗も珍しくなく、アルバイトやパートで働く側にしてみれば、労働市場が売り手市場のため辞めてもすぐに他の仕事が見つかるため、嫌ならすぐやめてしまうという傾向もみられる。なので、ちょっとぐらい接客に問題があっても店長は大目に見て注意しないという風潮が生じることになる。飲食店や小売店を利用する客は、もはや『自分は客』という意識を捨てたほうがよい時代に突入しつつある。

 今回の蕎麦店の件についていえば、ここまで店員が怒るというのは、よほどのことがあった可能性もあるので、何ともいえない。ただ、すぐに動画がネット上に投稿・拡散されて店が特定されてしまう今の時代、店員が客にキレるという行為は、店側にとって取り返しがつかないほど甚大な損失を被ることにつながる。商業ビル内のテナント店であれば、客足が遠のいて売上が落ちれば、契約条件が悪くなったり、事実上の閉店を余儀なくされることも出てくるだろう。サービス業では問題のある客というのは一定の確率で生じるものだが、リスクマネジメントの観点から『いかなる理由があっても客に対してキレない』というのはスタッフに徹底しておいたほうが無難だろう」

客側の心得

 一方、客が店員に対し怒る動画が話題になるケースも増えている。厳密にいえば客ではなくデリバリー配達員と店員のトラブルの事例だが、今月、マクドナルド店舗でデリバリー配達員とみられる男性が店員に激怒し、店員が冷静に「帰っていい」と告げ無視し、その後も男性が店員に悪態をつき続ける動画がSNS上で拡散され、人々の関心が寄せられた。マクドナルドではデリバリーサービスで注文された商品は、出来上がるとレジカウンター上部のモニターに番号が表示される運用になっているが、店員が男性に対し「25分たったら廃棄になるから。番号お呼びしました。番号確認しましたよね?」と説明すると、男性は「『まだや』っていうから待ってんねん」と怒り、目の前に置かれていた商品をカウンターに叩きつけ。店員から「帰っていい」と言われると「『帰ってええ』ちゃうわ、おい、こら待てやお前、おい!」とさらに激高するという内容だった。

「『カスハラ』『モンスター客』という言葉が浸透し、最近では客がクレームをつけたりすると店側からすぐに『モンスター客』に認定され、警察を呼ばれたりする可能性もある。怒るだけ損だし、あえて語弊があるかもしれない言い方をすれば、若いアルバイト店員の接客に腹を立てて怒鳴りつけたりしても、あまり意味がある行為とはいえないだろう。多少腹が立つ接客をされても『そういう時代になった』と割り切ったほうが精神衛生上もよいのでは」(外食チェーン関係者)

 当サイトは1月21日付記事『「鮨よし田」店主、女性客に激高…高級寿司店、客側の暗黙のルール多数存在』で前述した寿司店でのトラブルについて報じていたが、以下に再掲載する。

――以下、再掲載(一部抜粋)――

 一人あたりの費用予算が数万円にも上る高級寿司店。「鮨よし田」も約20品の寿司と小料理からなるコースの料金が4万円以上で、2人連れだと飲み物代やサービス料も含めて10万円を超える。一般庶民にとっては敷居の高い、まさに高級店といえる。

 一般的に高級寿司店では客が守るべき暗黙のルールが存在するとされる。飲食店オーナーはいう。

「寿司は素材が生もので味が極めてデリケートなため、強い匂いがする香水などをつけて行くのはご法度。最小限の料理人で鮮度が命の生の素材を使った料理を扱うため、下ごしらえも含めて料理の段取りは入念に計画されており、基本的にはコースで出される順番どおりに食べる。よって途中で個別の注文をするのは禁物。店によってはコースがいったん全て出された段階で、お好みでネタを注文することができる。もっとも、一度で食べられる量には個人差があるので、コースが始まる前に店主が『シャリは多めにしますか、少なめにしますか?』と聞いてくれる店が多い。出された寿司にいつまでも手を付けないでおくのもダメで、出されたらすぐに食べなければならない。これは、客に提供されたタイミングが『もっとも美味しい状態』となるようにつくられるから」