アパレルチェーン「ユニクロ」「ジーユー(GU)」を運営するファーストリテイリングは、3月以降に入社する新卒社員の初任給について、従来より3万円引き上げて33万円にすると発表した。入社1~2年目の社員の多くが就く店長の月収も2万円引き上げて41万円に、年収ベースを約730万円にする。給与所得者の平均給与である460万円(国税庁「令和5年分 民間給与実態統計」より)を大きく上回る水準だが、同社の仕事内容や労働環境、労働時間などを踏まえると妥当な金額といえるのか。

 国内に797店舗、海外に1698店舗の計2495店舗(2024年8月期)を展開するユニクロ、472店舗を展開するGUなどを運営するファーストリテイリング。業績は好調で、2024年8月期連結決算は、売上高にあたる売上収益が3兆1038億円(前期比12.2%増)、営業利益が5009億円(同31.4%増)、当期利益は3719億円(同25.6%増)と、同社としては初めて売上収益3兆円、営業利益5000億円を超えた。

 今回の給与引き上げによって、新卒社員の初年度の年収ベースは500万円強となる。新卒社員以外でも、国内正社員の年収を最大11%引き上げる。ファストリは2023年に年収を最大4割引き上げており、昨年には正社員以外の店舗販売員の最初の時給を1700円に引き上げていた。

 ちなみにファストリの平均年間給与は1179万円(同社の有価証券報告書より)と1000万円を超えており、同業の「しまむら」(689万円を上回る)。平均年収300万円台ともいわれ給与水準が低いとされるアパレル業界のなかで、大手2社の社員待遇は破格といえるかもしれない。

 人手不足が深刻化するなか、優秀な人材の獲得のため企業の間では賃上げ競争が起きている。総合商社の伊藤忠商事は今月、初任給(大学卒・総合職)を一律で5万円上げて30万5000円にすると発表。全社員の給与も平均約6%引き上げる。東京海上日動火災保険は26年4月入社の大学新卒の初任給を最大で41万円に引き上げる。銀行は26年4月から大学・大学院の新卒初任給を30万円に引き上げる。

 ファストリは給与引き上げの理由について「グローバル水準での競争力と成長力を強化するため」としており、「経験や社歴に関わらず、挑戦心や新しい発想をもち、グローバル水準で働く人材を経営層や要職に積極的に抜擢し、それにふさわしい報酬で処遇するとともに、適正な評価と必要な支援を行うことで、次世代のリーダーとして成長を力強く後押しします」と説明している。

“普通の会社の働き方”になったファストリ

 かつて同社といえば、いわゆるブラック企業というイメージが世間的に広まっていた点は否めない。2013年に「週刊東洋経済」(東洋経済新報社)が、新卒新入社員の3年以内の離職率が5割を超える年もあり、うつ病などの精神疾患にかかる社員が続出していると報道。社員は月間労働時間の最長限度について月80時間程度の残業を前提する240時間と定められており、サービス残業が蔓延しているとも伝えられた。同年には国会でもファストリの労働問題が取り上げられ、日本共産党は元社員の証言に基づき、残業代なしでの月330時間以上の労働、店長を労働基準法の「管理監督者」として残業代を支払わない行為などが常態化しているとして追及した。

「2010年前後から10年代中頃にかけてのファストリは、客数が前年同月比2ケタ減に陥り業績不振が鮮明になったり、社長が柳井正さんから玉塚元一さんに交代して数年後に玉塚さんが事実上更迭されたりと、混乱期にあった。加えて、柳井さんによる強力なワンマン経営で急速に会社が成長して海外進出を加速させ、日本を代表する大企業に脱皮する転換期を迎える過程で、目標必達のために長時間労働もいとわない働き方など、さまざまな歪みが表面化した。そうした“生みの苦しみ”の時期を経て、現在の同社は大きく変わった。

 現在の事業規模を維持・成長させるためには毎年、大量の人材を獲得していく必要があり、そのためには給与水準を大企業並みにする必要がある。ファストリ社員に毎期、高い目標を設定し、その必達ということに非常に重きを置く会社でもあるので、仕事は決してラクではないものの、現在の給与水準はかなり恵まれているといっていいのではないか。残業時間も以前と比べると大きく減って“普通の会社の働き方”になったと聞く」(元ファストリ社員)