私たち人間を含む多くの動物は、地球上に数十億年前から存在してきた単細胞生物が進化を重ねる中で誕生したと考えられています。
しかし「一つの細胞」しか持たない生き物が、どうやって目や心臓、脳などを持つ「多細胞」の生命へと変化していったのでしょうか。
実は、その謎を解き明かすカギを握るのが「襟鞭毛虫(えりべんもうちゅう)」と呼ばれる、ごく小さな単細胞生物だといわれています。
襟鞭毛虫は名前こそマイナーですが、研究者の間では「動物にもっとも近い単細胞生物」として注目の的です。
今回のニュースで話題になっているのは、襟鞭毛虫が持つ「ソックス遺伝子」という特別な遺伝子の働き。
私たちの体をつくる上で重要な“設計図のスイッチ”役を果たすこの遺伝子が、襟鞭毛虫の中にすでに備わっていたとわかったのです。
たとえば、私たちの体をつくり直す力を持つ“万能細胞”のようなものが、実は襟鞭毛虫の遺伝子からもうかがえる――そう聞くと驚きませんか。
今回、香港大学の研究チームが行った実験によると、襟鞭毛虫由来のソックス遺伝子をマウスの細胞に組み込むと、細胞が多能性(さまざまな細胞に変身できる能力)を持つ状態にリセットされることが確認されたのです。
単細胞なのに、多細胞生物の機能を左右する大切な仕組みをすでに内包している可能性がある──これは生物の進化過程を再考させる大きな発見と言えます。
さらに研究チームは、マウスの初期胚にこの細胞を注入し「キメラマウス」という実験動物を作成。
すると、襟鞭毛虫の遺伝子を持つ細胞が哺乳類の体内で正常に機能し、多様な組織をつくり出せることを示唆する結果が得られました。
単純な見た目の襟鞭毛虫が、私たち哺乳類の体内でも問題なく働くという事実は、「なぜ動物は多細胞になれたのか」という疑問の解明に、新たな扉を開いてくれそうです。
この研究は、昔の生物が持っていた基本的な仕組みが、何億年もの時を超えて私たちの体づくりにも関わっているかもしれない、というロマンにあふれています。