権力者の暴走より人畜無害がよい
世界の現状をみると、「英明な君主」はどこかにいないものだろうか、というはかない希望を持ちます。「君主制」の国は中東の一部にすぎないでしょうから、「英明な君主」を「英明な宰相、政治的リーダー」とおきかえることにしましょう。トランプ、プーチン、習近平氏らは「君主」であっても、「英明」とはほど遠い。欧州では次々に政権交代、与党の敗北が続き、「英明な宰相」は不在です。
野心や権力欲を持ったリーダーは多く存在しても、「英明」とはいえないでしょう。権力の座につけば、全権を握ったと錯覚し、多くが無謀、乱暴な政治に走ります。プーチン露大統領はウクライナを侵略し、習近平中国国家主席は絶対君主のように振る舞い、トランプ次期米大統領はグリーンランドという他国の領土を買収したいと言い出しています。
政治的リーダーが登場すると、権力の一極手中が起き、対外的にも国内的にも国家の暴走が始まります。「英明な君主とは」は、昔から政治学のテーマでした。「英明な君主」は近現代史では、例えば英国のチャーチルが合格するでしょうか。今現在で考えると、「英明な君主」は存在しない。
野心や権力欲を持ったリーダーが現れると、国内的にも対外的にも暴走が始まる。「英明な君相」は望むべくもない時代になりましたから、むしろ「凡庸な宰相」のほうを私は望みます。大それた野望を実現しようと思わず、必要最小限の政治、害をもたらさない「人畜無害の政治」にとどめる。領土の侵略、世界覇権、偉大な祖国の復活に挑もうとすれば、今のロシア、中国、米国となってしまう。有権者もそう悟るべきです。
安倍元首相は「総理大臣は森羅万象を司る」と、国会で答弁していました。他にも同じようなことを言っていた宰相はいるでしょう。これがいけないのです。「司ることができない森羅万象」を司ろうとする気持ちになるから、無理なことを始める。例えば、増税は容易ではないから財政破壊の膨張政策をとる。