USスチール本社は大統領選の結果を左右する激戦州のペンシルべニア州に存在し、工場閉鎖で雇用喪失を懸念する労働者を保護しようとする点では、両候補(最終段階ではハリス氏対トランプ氏)は一致していました。そんな状況を刺激するようなタイミングを選んだ日鉄経営陣の責任は大きい。
形勢がおかしくなり、焦った日鉄経営陣は、ずるずる飴玉を投げ続けました。「取締役の過半数を米国籍とする」、「13億㌦の追加投資をする」、「10年間は労働者を削減しない」、「労働者に5000㌦のボーナスを払う」、「アドバイザーに第1次トランプ政権の国務長官だったポンペイオ氏をアドバイザーにすえる」(報酬は相当な高額に違いない)。ここまで譲歩すれば、買収の意味が薄れてしまう。
生産拠点がラストベルト(さびついた工業地帯)の激戦州ですから、大統領選の候補者は労働者側に立たざるを得ない。買収計画が「政治経済学どころか選挙対策」に巻き込まれることをなぜ、予想できなかったのでしょうか。日本の経営者のレベルはこんなものなのでしょうか。
買収計画そのものについても、専門家から疑問の声が聞こえてきます。「米国の賃上げは、ボーイング社の4年で38%とすさまじい」、「労働組合が強固で労使紛争が多発する。買収先のガバナンスをできる日本人の人材を送り込むのは至難だろう」などの指摘が聞かれます。
選挙選後に、成長している企業を買収するならともかく、ラストベルト(さびついた工業地帯)に存在する「米国の歴史的シンボル」の企業の買収は、買収しても、その後から難題が続出したでしょう。
買収してから無理難題が降りかかってきてくるより、米政権に阻止されたほうがよかったのかもしれません。バイデン氏はかつて「USスチールは米国の歴史的なシンボル」といったことがあります。国家のシンボルをカネで買うことは本当に難しい。「安全保障上問題」絡むとさらに難しくなる。ぼろぼろになったシンボルを買収するより、失敗したほうがよかったと経営陣が思う日がくるかもしれません。