いつ、どこで、誰から聞いたのかは思い出せないが、通常の人間は自身に備わっている能力の3%しか使用できず生涯を終えるという。すなわち、脳細胞に含まれた生来の能力の97%は再び土に返るというのだ。それを聞いた時、当方は「ほー、まだ97%の脳細胞は未使用というわけか」と考え、「(学校で成績不振に悩まされていた劣等生の)僕にもまだチャンスはある」と、漠然とだが希望を感じて嬉しくなったことを思い出す。当方の人生は自身の中に埋没するといわれる97%の脳細胞の発掘に汗を流してきたわけだ。まさに、金塊探しの採掘業者のような人生だ。
英国の推理作家アガサ・クリスティ(1890~1976年)の探偵小説の主人公の元ベルギー警察署長のエルキュール・ポワロは「小さな灰色の脳細胞」を駆使して難解な事件を次々と解決していく。ポワロは20世紀初期時代の主人公だったから多分、「灰色の脳細胞」を3%だけ駆使している自分という認識はなかっただろう。ポワロが当時、自身の中には97%の灰色の脳細胞がまだ未使用のままになっていることを理解していたならどのように感じただろうか。
ところで、慣例となっている世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)が15日から開幕した。世界から政治家、経済学者、実業家、ジャーナリストなどが一同に集まって世界的な諸問題について意見の交換をする国際会議だ。今年のダボス会議のテーマの一つには人工知能(AI)の未来がある。マイクロソフトのトップ経営者やAI開発専門家たちがその最新の開発現場からの情報を披露していた。「人類とAI」の問題は最新テーマだ。
オーストリアの日刊紙スタンダードは17日、AIが人間の脳神経網を完全にマスターしたならば、何が生じるかといった非常に刺激的な問題を提示していた。人間の精神生活、創造性が脳神経細胞から起因するとすれば、そのネットワークを完全に解析し、再現できれば、AIは第2の人類ということになるかもしれない。
そのAIの近未来像について、大きく分ければ、AIの進歩を制御しなければ危険だという説と、AIを規制しながら共存できるという説が考えられる。欧州連合(EU)は昨年12月9日、世界で初めてAI規制の枠組みで合意した。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、「AI規制法(AI Act)は世界初のもので、信頼できるAI開発のための独自の法的枠組み」と、その意義を説明している。AI規制法は欧州市場に投入され、使用されるAIシステムの安全性、基本的権利と民主主義の尊重を遵守しつつ、欧州のAI企業の成長を促進していくことが狙いだ。
世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者、イスラエルの歴史家、ユヴァル・ノア・ハラリ氏(Yuval Noah Harari)は独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で、「人類(ホモ・サピエンス)は現在も進化中で将来、科学技術の飛躍的な発展によって“神のような”存在『ホモ・デウス』(Homo Deus)に進化していく」と考えている。同氏の未来像は明るいか、というとそうとも言えないのだ。時代の潮流に乗れる一部の人間(少数派)とそれに乗り切れない落ちこぼれの無用の人類(多数派)が出てくると考えているからだ。
参考までに、ローマ教皇フランシスコは昨年12月14日、AIについて「人工知能の利用を悪魔化すべきではない、技術の進歩について議論するときは、人工知能が人間の尊厳にどのような影響を与えるか、また平和構築にどのように貢献できるのかという観点から論議する必要がある」と述べている。