表現が伝わりやすい「フィジカル」

2つ目の理由は「表現的」見地によるもの、具体的には「シングルよりアルバムとして聴いて欲しい」という作家性に基づくものだ。

「配信で曲を知ってもらえるのも嬉しいけど、やっぱり1曲だけじゃなくて、アルバムで聴いてほしいです。アルバムを1つの作品として、楽曲の並び順はもちろん、曲間の秒数までも意味を込めて作っているから。そこも含めて楽しんでほしい」(aiko) 歌手aikoが語る「私が恋愛の曲を作り続ける理由」 「人生は坂道だけど笑いながら登りたい」 | 東洋経済オンライン

「私はショート・ストーリーを沢山書くよりも、長編小説を書きたいタイプです。私はむしろ、お互いに調和し、共生し、結びついている曲のコレクションで自分の作品を知ってもらいたい。こうした楽曲は、私の人生の構成要素であり、2年毎に訪れる人生なんです」(テイラー・スウィフト) “アルバム”という音楽フォーマットは死んだのか? 海外ミュージシャンが語る21世紀のアルバム論

もちろん、どのように聴こうが購入者の自由ではある。だが、アーティストには、まずアルバムそのままを聴いて欲しい。ストリーミングに流れる「1億8400万分の1」として消費するのではなく、アルバムという「作品」として向き合って欲しい、という思いがある。

自身の曲を作品としてファンに届けるため。これがアーティストがフィジカルの販売に力を入れる理由の2つ目だ。

ストリーミング世代がフィジカルを買う理由

一方、「ストリーミング世代」たちがフィジカルで音楽を購入する理由は、複合的なものだ。きっかけの多くは「見た目」である。

山下達郎公式ウェブサイトより

部屋に飾りたくなるジャケット、黄金色や白色の美しいカラーヴァイナル(レコード盤)、80年代風イラストのカセットテープ。店頭に溢れるのはグッズとしての魅力だ。ファンだったら是非欲しい。いや、ファンでなくても欲しくなる。

せっかく買ったのだから聴いてみたい。幸い、レコードプレーヤーは1万円強、カセットプレーヤーなら数千円で手に入る。盤が回転しながら――テープが巻かれながら――奏でる音は、デジタルとずいぶん違う。スキップできないので、アルバム全体を「じっくり」聴く。何回か聴くうちに、アルバム全体が好きになる。新鮮な体験だ。アナログも悪くない。

昨今、カセットテープが「再評価」されている理由は、モノを持つ喜びがあること。アナログだけど手入れが楽で、安価なこと。レコードほどカッコよくはないけれど、それに負けない「可愛らしさ」があること、といった複合的な理由ではないだろうか。

一過性の流行か

アーティストとリスナーそれぞれの「経済面」「感情面」がマッチした結果、音楽業界でフィジカルの成長が続いている。

一方、経営コンサルタントの櫻井雅英氏は、著書「TOWER RECORDSのキセキ」にて以下のように述べる。

「レコードの復活はファッション的な興味からの付帯的状況で、小規模で一過性の流行に思えてしかたありません。パッケージメディアの本質的利点が見直されない限り、レコードもカセットテープもマニア的な音楽摂取の域を出ない気がします」 「TOWER RECORDSのキセキ」櫻井雅英/著 玄文社

さて、「ストリーム世代」は、これからもカセットテープを手に取るのだろうか。

「Aurex」ブランド 東芝ライフスタイル/東芝エルイートレーディングプレスリリースより

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【注釈】 ※1 ガム型充電池に切り替わる以前は単三電池2本で300円と高額だった ※2 諸説あるが、本稿では1回再生1円、印税率12%、JRASRAC徴収6%、原盤印税・作詞家印税・作曲家印税50%、アーティスト印税1%にて算出 ※3 Luminate Releases 2023 Year-End Report | Luminate

【参考】 聴けなくてもレコード買いたい Z世代の所有欲|日本経済新聞 一般社団法人 日本レコード協会 IFPI GLOBAL MUSIC REPORT 2023