カセットテープが「再評価」されているという。
カセットテープ愛、世界で再生 ストリーミング世代魅了
2022年のカセットテープ(ミュージックテープ)販売本数は、米国は前年比30%増、英国は前年比5%増。日本は23年に増加に転じ、前年比140%増となった(※)。増加は1999年以来24年ぶりとなる。
※日本は生産本数
メーカー・小売も対応する。昨年7月には、東芝(東芝エルイートレーディング株式会社)が、携帯型カセットプレイヤーを「Aurex」ブランドで発売、9月には、タワーレコード渋谷店が中古・新作カセットを6倍の3,000本に増やした。
なぜ、カセットテープが再評価されているのか? 私たち(50~60代)のカセットテープライフは、決して快適なものではなかったはず。当時を思い起こしてみる。
80年代のカセットライフ寝坊した月曜の朝。カセットテープをウォークマンに突っ込み、外へ飛び出す。始業まであと30分。間に合うか? 走りながら、再生ボタンを押す。ヘッドフォンから聴こえてくる曲は、ひどい音だ。何回も聴いたせいで、テープが傷んだらしい。音が途切れる。かすれる。こもる。いや、気にしてる場合じゃない。聴きながら走ること十数分。学校近くでかかったのは……
「またこの曲か」。
このアルバムの中で、最も嫌いな曲だ。退屈なメロディー。説教臭い歌詞。長過ぎる演奏時間。早送りボタンを押す。(グルグルグルグル……)。遅い! 電池が切れかけているせいか。「早」送りとはとてもいえないほどだ。学校まであと数分。次の曲に進む前に、着いてしまいそう……。
音質が悪い。スキップできない。電池もすぐなくなる(※1)。「コスパ」も「タイパ」も低かった。けれど、「ストリーミング世代」は気にしないらしい。
「音がこもってる? いや温かみのある柔らかい音だよ。スキップできない? じっくり聴くにはうってつけじゃないか」
彼らはそう言う。「コスパ・タイパ」重視といわれる彼らが、だ。再評価の理由は、昨今勢いのあるレコードと共通するものがありそうだ。カセットテープだけではなく、レコード・CDも含めた「物(=フィジカル※)」としての音楽が、なぜ再評価されているのか、その理由を探ってみよう。
※フィジカル=音楽業界で、CD、レコード、カセット」など「実物があるメディア」のことを指す。ダウンロード販売やストリーミングなどデジタル配信の対義語として用いられる
付加価値を高めやすい「フィジカル」世界のフィジカル売上は、21年以降増加に転じ、22年は前年比4%増となった。
アーティストたちが音楽をフィジカルで販売する理由は2つ。1つはフィジカルの方が利益を獲得しやすいという「商業的」見地によるものだ。
仮にあなたが、ファン1万人のアーティストだったとしよう。来年度の収入を100万円増やしたい。ストリーミングとフィジカル、どちらを選ぶか?
契約アーティストが、ストリーミング再生1回あたりで得る収入は0.07円程度。100万円を稼ぐには約1,500万回の再生が必要となる(※2)。昨年(23年)、再生数1,000万回を超えた曲は56,319曲。全体(1億8千4百万曲)の「0.03%」に過ぎない(※3)。曲の魅力だけで達成するのはかなり難しそうだ。
対して、3000円のレコード(などフィジカル)販売1枚あたりで得る収入は115円程度(※2)。100万円を稼ぐには、8,730枚の売上が必要となる。
ファン以外の1,499万人にストリーミング再生してもらうか。それとも、ファンの9割弱に新作アルバムを買ってもらうか。どちらが現実的だろうか。
マーケティングに「1:5の法則」というものがある。新規顧客に商品を販売するのは、既存顧客の5倍コストがかかる、というものだ。新たな顧客層を増やす「市場拡大戦略」を採るか。それとも、既存の顧客により多くを買ってもらう「市場浸透戦略」を採るか。大企業でない限り、後者を採用する。アーティストたちも同様だ。
実際は、利益率の低いストリーミングで新たなファン獲得を試みつつ、利益率の高いフィジカルを既存ファンに販売し、全体の収入を増やすという「商品ミックス」を採用することになるだろう。
ストリーミングはデータだけだ。曲の魅力でしか勝負できない。一方、レコードやカセットテープ・CDなどは、目をひくパッケージデザイン・魅力的な特典など、モノならではの付加価値を高めることができる。
ストリーミングとは別チャネルで、高付加価値商品を販売し、収入を増やすため。これがアーティストがフィジカル販売に力を入れる理由の1つ目だ。