人は一つの人生しか生きられません。自分の希望が叶ったからと言って、それが本当に良い結果か否かは誰にも分かぬものです。「禍福は糾える縄の如し」「人間万事塞翁が馬」と言われるように、人生における運不運・幸不幸は分かりません。失敗が成功の基になることもあれば、その逆も又あるわけで、常に千変万化する状況下、人知人力の及ぶ所は限られています。実に、デンマークの哲学者セーレン・キェルケゴールも言うように、「人生は解のある問題ではなく、経験の積み続く現実です」。だから私は、正しい道を歩いて行くという一点が人の生き方としては大事なことだと思います。

安岡正篤先生は『東洋人物学』の中で、『人間はできるだけいい機会、いい場所、いい人、いい書物、そういうものにバッタリ出くわすことを考えなければならない。これを「多逢勝因」という。(中略)なんでも結構、とにかくあらゆるいい機会、いい出逢いに何か勝因を結んでもらいたい。人生というものはそういうことから始まる。ばったりだれかに出逢った、偶然、何かの問題にぶつかった、そういうところから人生は転回する』、と述べておられます。私自身、人生で大切なことは正しい生き方をすること、換言すれば善行を積むことだと思います。「積善の家には必ず余慶有り。積不善の家には必ず余殃有り」「諸悪莫作・衆善奉行」――良運・良縁を持とうと思えば、日々善行を積んで行くことです。

編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2024年2月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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