地政学的な視点が必要
しかし今回の合意の地政学的意味合いは複雑だ。再エネ設備容量3倍増という世界目標は太陽光パネル、風力、蓄電池等に高いシェアを占める中国が利益を得ることに直結する。クリーンエネルギー技術に不可欠な重要鉱物における中国の支配力を考えれば、石油の中東依存、ガスのロシア依存と同様の経済安全保障上のリスクをもたらしかねない。
COP28を席巻した化石燃料フェーズアウト論は8割を化石燃料に依存する世界のエネルギー供給の現実を無視するものであった。これに強く反発するOPEC、中東産油国はロシアとの連携を強めており、イスラエル・ハマス戦争も相まって欧米諸国に対する不信感を強めた可能性は大きい。
12月初頭にプーチン大統領がサウジアラビア、UAEを訪問したことは欧米と中東諸国の関係にくさびを打つことも一つの目的であっただろう。ロシアから石油、天然ガスを陸上パイプラインで調達している中国も中東への関与を強めている。化石燃料フェーズアウト論に強硬に反対するサウジ、ロシアの背後に回って彼らを側面支援していたに違いない。
温室効果ガス削減が至高の目的となり、環境NGOの声が会場を席巻するCOPにおいてこうした地政学的意味合いが十分考慮されていたとは思われない。
歴史的合意には巨額のコストがかかるまた野心的な緩和目標やエネルギー転換目標は巨額な資金ニーズと表裏一体であることを忘れてはならない。
決定文書には「途上国の資金ニーズは2030年以前の期間で5.8~5.9兆ドル」(パラ67)、「2050年までにネットゼロ排出量に達するためには、2030年までに年間約4兆3,000億ドル、その後2050年まで年間5兆米ドルをクリーンエネルギーに投資することが必要」、(パラ68)「途上国、特に公正かつ衡平な方法での移行を支援するため、新規の追加的な無償資金、譲許性の高い資金、非債務手段を拡大すること極めて重要」(パラ69)等が盛り込まれている。
換言すれば、1.5℃目標に必要な排出経路やエネルギー転換を実現するためには巨額な請求書が回ってくるということであり、これらの金額が動員されなければ、途上国の排出削減は期待できないということだ。現実には先進国の途上国支援は現行目標1000億ドルにも達していない状況である。
会議中、複数の途上国から「先進国は途上国に対して(脱化石燃料等)あれこれ追加的な制約を課そうとしているが、それに必要な資金援助を出していない」とのフラストレーションが表明されたが、残念ながらこの指摘は相当程度当たっている。
1.5℃目標の呪縛このように「歴史的合意」とされ、「1.5℃目標を射程に」入れたグローバル・ストックテイク決定文書に盛り込まれた削減数値、エネルギー転換目標、資金ニーズは野心的であるが、実現可能性は極めて低い。
2021年のグラスゴー気候合意において1.5℃目標が世界のデファクトスタンダードとなったが、2030年までに2010年比▲45%が必要と明記されているのと裏腹に、2021年、2022年、2023年と3年連続で世界の排出量は最高値を更新し続けている。
率直に言えば、1.5℃目標は実質的に「死んでいる」に等しいのだが、誰もそれを口にすることをしないまま、ますます非現実的な緩和目標と資金需要を掲げ、「1.5℃目標は射程にある」と強弁しているに等しい。現実を無視した理想論が跋扈するCOPプロセスは果たして持続可能なのだろうか?
注1)
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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