戦後の政治家の中で最も知性派であったとされる元首相の大平正芳も、和漢の古典に精通した大の読書家で知られ、郷里の香川県観音寺市にある「大平文庫」には、膨大な数の蔵書が収められている。
大平は自らの読書観について「洋の東西を問わず、歴史の風雪に耐えて、しかも依然強い光彩と生命力を放つ少数の書籍を、自分の実生活の伴侶として、よく読みよく消化し、よく実践するという生き方をとらない限り、われわれの精神の渇きは癒すべくもないのではなかろうか」と述べた上で、「みずからの実生活に不動の自信と光明をもたらす、珠玉のような冊数の書がほしいものである。一日書庫に入り、玉書を得て寝食を忘れ、かつ読みかつ写すほどの値うちのある本がほしいものである」と語っている(『私の履歴書』(日本経済新聞社、1978年))。
敬虔なクリスチャンでもあった大平は『聖書』を愛読し、スピーチでも好んで、その一節を引用した。「アーウー」と言いながら発する言葉を吟味するため「アーウー宰相」と揶揄されたが、失言は一切なかった。そのバックボーンには、読書によって蓄積された知的資本が存在していたのである。
同じく元首相の中曽根康弘も「本の虫」で知られた。そのジャンルは、古典は勿論、宗教、哲学、自然科学と幅広く、100歳を過ぎてもベストセラーには必ず目を通していたらしい。
初代中華民国総統の蔣介石にも現代の政治家が学ぶべき生き方がある。彼は生前、1日に2時間は自分の書斎に閉じ篭って1人の時間を過ごした。これは長い間、取り巻きたちの謎となっていたのだが、ある日、緊急事態が発生したために、恐る恐る側近が部屋の扉を開けると、そこには端然として机に向かい『孟子』に朱注をしている蔣介石の姿があったという。
現代の政治家は、余りに忙し過ぎて、書物に目を通す時間などないと思われる。権力の魔性に溺れないためにも、己を律するためにも、誰にも会わず、古典と向き合い内省する一時が必要なのではないだろうか。
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丹羽 文生(にわ ふみお) 1979(昭和54)年、石川県生まれ。東海大学大学院政治学研究科博士課程後期単位取得満期退学。博士(安全保障)。拓殖大学海外事情研究所助教、准教授を経て、2020(令和2)年から教授。この間、東北福祉大学、青山学院大学、高崎経済大学等で非常勤講師を務める。現在、拓殖大学政経学部教授、JFSS理事、岐阜女子大学特別客員教授。 著書に『評伝 大野伴睦:自民党を作った大衆政治家』(並木書房)、『「日中問題」という「国内問題」戦後日本外交と中国・台湾』(一藝社)、『日中国交正常化と台湾:焦燥と苦悶の政治決断』(北樹出版)、等多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年11月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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