100℃の熱湯でやけどをするのも、ほんの一部の高エネルギー粒子が肌に接触するためで、もしその高エネルギー粒子のみを完全に制御できれば、熱湯に指を入れても火傷しないかもしれません(とはいえ現実的には不可能ですが)。

こうした「高温でも、実は大多数が低エネルギー側にいる」という現象は、正の温度が持つ基本的な性質です。

(※厳密には「正温度のボルツマン分布では高エネルギー状態ほど粒子数が指数的に減少する」という表現になります)

古典的な物理学の世界……つまり正の温度の世界では、どれだけ熱を加えて物体全体のエネルギー量を上げても、高エネルギー粒子と低エネルギー粒子の“比率そのもの”は変えられません。

温度の上限は無限大とされますが、「ほとんどの粒子が高エネルギー状態に偏る」ようにはならないのです。

ところが量子力学の発展によって、これまで不可能と思われていた「負の温度」が理論的にも実験的にも見えてきました。

名前だけ聞くと「0Kよりもっと冷たいの?」と思うかもしれませんが、実態はより奇妙で、「正の温度の延長線」とは全く違った独自の世界を作っています。

正の温度では「少数の高エネルギー粒子+多数の低エネルギー粒子」という構成でしたが、負の温度の物体はむしろ「多数の高エネルギー粒子+少数の低エネルギー粒子」という、古典物理の常識ではありえない分布になっています。

負の温度は古典物理では不可能な無限大温度も加熱できる
負の温度は古典物理では不可能な無限大温度も加熱できる / Credit:clip studio . 川勝康弘

上の図は正の温度の物体と負の温度の物体を構成する粒子たちの持つエネルギーを簡易的に示したものです。

縦軸が粒子のエネルギーレベルで、横軸が存在割合です。

正の温度の物体は低エネルギーレベルの粒子が一番多い一方で、負の温度の物体は高エネルギーレベルの粒子が一番多くなっています。

両者を比較すると、まるで鏡の世界のように逆のエネルギー分布をしているのがわかるでしょう。