ところがβアミロイドが蓄積しても「ボケなかった」例も多数知られているし、一昨年βアミロイド仮説の原点となった論文の捏造疑惑がサイエンス誌で提起された。超高額の抗体医薬を開発するエビデンスが揺らいでいる。なお本稿推敲時に先発薬アデュカヌマブ撤退の報があった。

βアミロイドの蓄積は40歳代には始まっていると言われる。では、そんなに早くボケていないときから予防(!?)として年400万円もの薬を死ぬまで月2回点滴し続けるのか?

日本人の平均寿命は男女とも80歳超えているから、40歳から40年、かける400万円は1億6000万円である。サラリーマンの生涯年収は2億6千万円ほどという、その大半を費やすことになる。実際には高額医療費制度で自己負担は最大月8万円ほど、しかし逆に「他人様がほとんどを負担」する、そんなことが持続可能なのか。

統計予測のひとつによれば、今後最大で65歳以上の約半分がボケると予測されている。後期高齢者増加のためだ。3000万人が年400万円としたら年120兆円、国家予算を上回りGDPの1/5を超える。しかしその効果は「認知症進行を7か月遅らせる」程度でしかなく「どのみちボケる」。

ちなみにレカネマブの薬価が一人年間298万円と報道されているが、これは体重50Kgの場合である。今の日本人としてはずいぶん小柄で考えにくい。体重60Kgだと必要量が増え330万円、70Kgなら385万円になる。我が国の全産業平均年収が400万円台前半なので、いまどき低所得化が言われる若い世代一人分の年収を超える。

SetsukoN/iStock

これら二つには共通する病根がある。「治癒妄想」とでも言うべき発想、わが国に世界的にまれな「寝たきり老人」を作り出した盲目的延命医療と共通する病根である。つまり医療によりいくらでも生きられる元通り治るというカンチガイ、根拠のない希望である。

老人医療費無料化は田中政権時に制度化された。高度成長と医学医療の発展そして国民皆保険制度により国民は等しく医療の恩恵を受け、どんどん寿命は延長した。ところがその結果増えたのがガンであり認知症である。ゆえにこれらは「長生き病」と言われることもある。長寿による老化が原因だからだ。

ガンは今や5年生存率が平均60%を超え、「ガンなどでは簡単には死なない」時代になった。ガンは体のパーツの病気だから、パーツをどうにかできれば良い。しかし認知症は、全ての活動を制御し人格や心の座である脳が壊れる。それを回復させる方法は未だ無い、つまり治せない。長ければ10年以上に及ぶ罹病期間でわずか7か月進行が遅れても、大勢に改善は無い、むしろ罹病期間「苦しむ期間が延びてしまう」。

翻って、わが国では介護保険制度発足以来、認知症グループホームが制度化されている。一棟9人までの小規模なホームで、手厚い介護を提供する。この規模なら住み慣れた町内に普通の住宅のように整備できる。

筆者提供

筆者は認知症グループホームの統括施設長経験(とその専門資格)があるが、まさに「認知症ケアの切り札」と実感した。入居者は自宅で生活できないからこそ入居しているのだが、皆、微笑んでときに冗談を言いながら、穏やかにのんびり過ごしているのだ。

認知症グループホームでの給食筆者提供

忘れ得ぬ衝撃的な経験がある。ある日いつものようにホームの巡視(徘徊?)に向かうと、周りを散歩していた(徘徊か散歩かの違いはさて?)入居者の婆ちゃんが私の腹を見てニヤニヤと一言「あんた、何か月だい? 生まれたら抱いてやるよ、イッヒヒ」。ぐうの音も出なかったが、後で大笑いした。

認知症は人間関係や社会システムも含めた環境との関係性、反応という側面がある。それを専門的な介護により支えられればケアすれば、認知症でも笑って暮らすことができる。その担い手こそ、専門的知識技術を持つ介護福祉士ほか介護専門職である。

ところが介護職は薄給が災いし昨年減少に転じた。需要が急増するのにである。介護職の平均年収は夜勤し身を削っても300万円台であり、全産業平均400万円台前半に及ばない。しかしレカネマブ一年分の費用で一人一年間常勤雇用できる(正確には少し足りない)、そして一人の介護職は複数の認知症患者に「穏やかに暮らす」ことをケアできる。

認知症グループホーム等の人員基準は入居者3人に対して介護職1人なので、介護専門職1人は3人の認知症患者をケアできる、レカネマブの3倍コスパが良い。ちなみにレカネマブには微笑みや冗談はついてこないし、楽しい美味しい食事タイムもついてこない。それらは人である介護職こそのオプション、人間らしい営みである。

レカネマブを使っても結局は認知症が悪化しケアが必要になるから、コスパが良いのは「レカネマブ(代)+介護(費)=7か月罹病期間延長」と「専門的介護(費)のみ」どちらか、自明である。

統計上90代の2人に1人は認知症になり、わが国実質寿命は90歳近いから、両親の片方がボケて当然、運が悪ければ両方ボケる。しかし認知症はある程度の予防が医学的に期待できる、ならばまず予防すべきだ。それでも認知症になる人は居る、そのときは社会として適切な医療とケアを提供すべきだ。

認知症は現状治癒できないから、そのケアはホスピス・緩和ケア同様に看取り医療とほぼ同義となり、治らずとも生活の維持とQOLの向上を図る営みになる。

このまま長寿化が進めば、日本人のほとんどが「ボケて死ぬ」時代になる。そのような時代に備えるには「町内で暮らし続けられるグループホーム」そしてその担い手である介護職こそを整備養成すべきである。そして介護職の給与水準改善、労働負荷軽減のための見守りIoTシステムやアシストロボスーツ等のロボティクス活用開発こそ、超高額薬に優先すべき喫緊の国家的社会的課題である。

※本稿は「オピニオンズ」掲載草稿を原文のまま掲載しています。

【参考】

認知症は「予防」から「共生」へ 転換見せた国の基本法
「認知症観」変えられるか? 共生社会実現へ、基本法が成立
アルツハイマー病新薬「レカネマブ」承認へ 原因物質を除去、国内初:朝日新聞デジタル
文京区が認知症の集団検診 エーザイが運営支援 – 日本経済新聞
アルツハイマー病の原因をアミロイドβとする重要論文での捏造疑惑の詳細
認知症の新しい治療薬アデュカヌマブについて(1) 国立長寿医療研究センター
3割負担でも薬代は毎月9万円以上…12年ぶりのアルツハイマー病「新薬」がもたらす悩ましい現実 実際の投与は「患者の1%程度」か
社会保険料の急騰で現役世代は死ぬ」認知症新薬390万円の自己負担14万円で差額は誰が負担するのか
令和5年全国将来推計人口値を用いた全国認知症推計(全国版)-65歳以上の高齢者層がピークとなる2040年には46.3%が認知症の可能性、共生社会の実現を-|ニッセイ基礎研究所
サラリーマンの生涯年収(生涯賃金)はいくら?
介護職員の給与、1.7万円増 全産業平均と依然格差 厚労省調査
介護就労者が初の減少、低賃金で流出 厚生労働省分析
共生社会の実現を推進するための認知症基本法
認知症基本法案 衆議院

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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