ロンドン警察は昨年2月、誘拐や暗殺を計画していた疑いで5人のブルガリア人を逮捕した。英国当局によると、5人は2020年8月から2023年2月までマルサレクから委託を受け、ヨーロッパ全土でクレムリンに批判的な人々を調査・追跡していた。すなわち、マルサレクは現在もロシアの利益のために様々な工作の舞台裏で活動しているわけだ。
ウィーン生まれのマルサレク氏(43)はワイヤーカード・スキャンダルの主な容疑者であり、詐欺容疑で国際逮捕状が出て、指名手配されている。「南ドイツ新聞」の情報によると、同氏はモスクワ近郊のマイエンドルフ庭園住宅地に住んでおり、ロシア特務機関による常時監視下にあるという。
西側トップ企業のビジネスマンがロシアのスパイだったことは過去にもあったが、マルサレク氏はロシア正教会の聖職者にアイデンティティを変えて依然、さまざまな活動に従事しているというのだ。スパイが聖職者に変装し、自身のアイデンティティをカムフラージュすることはロシアでは珍しくはない。ちなみに、ロシア正教会は旧ソ連共産党政権時代から政権と癒着してきた。
例えば、ロシア正教会の最高指導者、モスクワ総主教のキリル1世は西側情報機関によると、KGB(ソ連国家保安委員会)出身者だ。キリル1世はロシアのプーチン大統領を支持し、ロシア軍のウクライナ侵攻をこれまで一貫して弁護し、「ウクライナに対するロシアの戦争は西洋の悪に対する善の形而上学的闘争だ」と強調してきた。ウクライナ戦争は「善」と「悪」の価値観の戦いだから、敗北は許されない。キリル1世はプーチン氏の主導のもと、西側社会の退廃文化を壊滅させなければならないと説明してきた。神の愛を説く聖職者が民間人や子供たちを殺害する戦争犯罪を繰り返すプーチン大統領のウクライナ戦争を全面的に支持するのは、キリル1世のアイデンティティは聖職者ではなく、KGBだということを端的に証明しているわけだ。マルサレク氏の司祭変装は突飛なことではなく、旧ソ連共産党時代からのロシアの長い伝統というべきだろう。
ところで、司祭に変装したマルサレク氏の写真が手元にないので判断できないが、同氏が中国に出入国する際、中国の顔認証システムはマルサレク氏の出自を見破ることができるだろうか。中国の顔認証システムの性能を知る上でも絶好のチャンスだ。いずれにしても、顔認識システムがさらに性能を向上し、誤認率がゼロなれば、スパイが聖職者に変装するといった工作は考えられなくなる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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