矢面に立つ二人

新選組では、実際の指揮の多くは近藤ではなく土方が行っていたという話も残っていますし、近藤の死去後、宇都宮城での戦いや北海道での作戦では、土方は近代戦術を取り入れた優れた戦略家としての一面も見せています。

京都に上がってきた、腕っぷしが自慢の農民や浪人たちは、血気盛んで、複雑な時代背景の下、様々な信条を持っていました。

言ってしまえば、とんでもない暴れん坊ばかりで、一つにまとめようとしてもなかなかまとまらない輩衆であったことは想像にかたくないところです。

土方も、いばらのようにとがった小僧という意味で、「バラガキ」と地元で呼ばれたやんちゃな男です。一方で、江戸の商家に10年近く丁稚奉公(当時は非常に厳しかったと言います)していたこともありました。

土方には洗練された側面があり、新選組でも資金調達などでその手腕を発揮します。

荒くれ者が集まって、京の治安を守るために幕府の後ろ盾を得て結成されたのが新選組です。そんな集団ですから、統括するには厳しい秩序が必要でした。

それが「局中法度」と呼ばれる新選組の鉄の掟です。内容は、「脱走しない」、「勝手に金を借りない」などですが、破れば死です。

最大200人いたという新選組において、50余人も切腹誅殺に処されたと言われています。

それを命ずるのがナンバー2の土方です。

私が最近観た『燃えよ剣』では、「そんなに人を殺しては恨みを買い組織は崩壊する」と忠告された土方が、「近藤さんが直接手を下すと近藤さんが恨まれて組織が壊れる。自分が副長として組織に必要な規律を守るために、厳格な処分を続けなければ、新選組は近藤さんと目指す最強の剣客軍団にはなれない」と答える場面が描かれます。

『燃えよ剣』はフィクションですから、実際にこういう発言をしたかどうかは分かりません。

ただ、嫌われ役を買って出たことは確かでしょう。それは、土方の覚悟が成せたことだと思います。

ホンダにおいても、矢面に立つのは常にナンバー2である藤沢です。会社が倒産の危機に瀕したときの話です。

取引先への交渉も労働組合との団交も、藤沢は「必ず処理する」と本田に約束します。

その間、社長である本田に、「海外に行っていた方が対外的にも都合がよい」と説得し、本田を海外に行かせます。そして藤沢は見事に問題を一人で片付けます。

海外から帰ってきた本田は、空港で藤沢に迎えられます。「どうっだった」と本田が聞くと、藤沢が「大丈夫だ。会社は潰れない」と答えました。その瞬間本田は藤沢の手を握り、ボロボロ泣いたといいます。

嫌われることを厭わない

土方、藤沢の共通点は、約束を果たすためには部下に嫌われることを厭わず、自らの役目を全うすることです。

例えば、土方のこんな話があります。

近藤が先に世を去った後、土方は新選組のトップとして五稜郭まで北上を続けます。かつて鬼の副長と呼ばれた土方は、このときには、部下から「赤子が母親を慕うように」好かれていたそうです。

ナンバー2でなくなった瞬間、「鬼」になる必要はなくなったのです。

そして、取り残された部下を自ら救いに出た際、敵に撃たれて最期を迎えました。

藤沢も大変厳しい人物で、所構わず部下に罵詈雑言を浴びせ、部下からは「ゴジラ」と陰で呼ばれていたそうです。

しかし、引退後は一切経営には口を出さず、文化人として音楽や演劇を鑑賞し、美術品に囲まれながら穏やかに過ごしました。

約束したら必ずやり遂げる

ここで、視点を変えてみましょう。ダメなナンバー2の共通項は何だと思いますか。組織において「副」と付く職に就いたことがある人なら分かるでしょうか。

ダメなナンバー2は自らの権限や責任を、都合良く出し入れする人です。

トップのせいにして部下を味方につけトップを攻撃したり、反対に、トップになびいて部下に責任を押し付けたりする人間です。こういうナンバー2がいる組織はうまくいきません。

頼りになるナンバー2の存在は、組織においては必要不可欠です。新選組もホンダも、土方や藤沢がいなければ組織としての成長は乏しいものだったでしょう。

トップは組織の将来の利益の最大化を見据え、全体最適された判断をしなければいけません。

ですから、常に冷静でいられる距離を組織に対して持つことが必要です。その際にも、ナンバー2の存在は大きく機能します。

例えば、藤沢が組織の転機と語っているのは本田が一技術者から社長としての意思決定ができるようになった瞬間だと言っています。

それは、空冷式エンジンにこだわる本田が、水冷式エンジンの開発に踏み切る判断をしたときです。結果、その判断がホンダを確固たる世界企業へと変貌させました。藤沢という存在が本田の目線を経営者のそれに変えたのです。

トップとして、ナンバー2を選ぶ条件があるとすれば一つは気が合うことでしょう。

仕事上での気が合うというのは、様々な要素があるなか、客観的、定量的なのものは、約束を守って結果を出してきた事実の数です。これが最も重要でしょう。

土方と藤沢にはこの力がある点も共通しています。二人とも、約束したら必ずやり遂げる力の強さを持っていました。

「この人の目的を達成させるために自分が礎になる」という思いの源泉は、人間関係や直感に帰するところは大きいでしょう。

しかし、その思いが強くなるには、お互い約束を果たしてきた回数の積み重ねが必要です。

土方は、近藤の目的を果たすためには手段を択ばず、謀略を駆使してまで敵を排除し続けました。

近藤の政敵芹沢鴨を暗殺する際や、拮抗した勢力を持った伊東甲子太郎を殺した際にも、泥酔させてからだまし討ちをし、確実に殺害するという念の入れようです。

藤沢も、「本田の言う通りにやれば絶対売れた」と技術においては本田に絶対的信頼を寄せ、商品を市場で売ることに集中して、それを全うしてきました。

それによって二人の信頼関係はどんどん強まっていったのでしょう。

創業数年を除いては、「ほとんど顔を合わせることはないし、あまり喋らない、それだからマスコミは不仲説を書いてきたがそんなものじゃない。顔を見ずともお互いのことは分かるんだ」という発言を藤沢はしています。

※藤澤武夫『経営に終わりはない』(春秋文庫 1998)