黒坂岳央です。
仕事をすると悪口を言われる事がある。それ自体はもう仕方がないことだとすでに割り切っているのだが、最近は「実は悪口とは”自己紹介”をしているのではないだろうか?」という興味深い人間心理の探求するステージに至った。
その認識をするようになってから、相手から受ける悪口がとにかく自己紹介にしか見えなくなってしまった。その根拠を論理的に考察するとともに、もしも現在素性の知れない相手から悪口を言われて、戸惑っている人に勇気を与えられれば幸いだ。
悪口には2種類ある実は悪口には2種類に大別できる。1つ目は、思考を介さない感情的反射だ。「キモイ!」「頭悪い!」「嫌い!」といったものだ。
こうした悪口が出てしまうのは理解できなくもない。発信内容が自分のコンプレックスを刺激して誤った敵視から、思考する前に先に原始的な「反応」として言葉を発していると推測が可能だ。
おそらく感情を抑制する前頭葉、もしくは言葉の真意を理解する領域の働きが弱いことで起きている現象であり、この感情は長くは続かない。悪口を投げて数時間経つと大抵の場合、本人も忘れていることが多い。
本稿で取り上げたいのはこちらではなく、もう1つ、すなわち思考を介した悪口の方だ。これが「知らず知らずのうちに自己紹介になってしまっている」という話なのである。
忌々しい相手にできるだけ大きな心理的ダメージを与えたい。何を言えば相手は傷つくか?思考を巡らせる過程でいつの間にか「自分が言われたら傷つく言葉はなにか?」という思考に至り、「自分は言われたくないが、相手にはズレて届くのでダメージを与えるという目的達成に失敗する」という現象が起きる。
ズレた悪口は総じて自己紹介であるでは具体例を取り上げよう。
たとえば「モテなさそう」という悪口だ。この悪口は「モテたいのにモテない」という相手には深く刺さる言葉なのだろう。